バイブルクラスのご案内

当教会では、一般の方々を対象にバイブルクラス(無料)を行っています。

「聖書を読んでみたいけど、一人ではなかなか難しそうで…」という方々のために、「一緒に歩く人」になれたらと思っています。

画像日時は未定。
受講ご希望の方と相談して、クラスの日時を決めています。
多くは、月に1回のペースで、1回60分ほど。

受講料は、無料です。


牧師と牧師夫人が担当し、聖書とプリントを用いながら、「マルコによる福音書」を学びます。


高校生からシニアの方々まで、

聖書を読んでみたい方、キリスト教に興味をお持ちの方、教会に行ってみたいとお考えの方

のご参加を歓迎いたします。

聖書やキリスト教に関する質問も、大歓迎です。


受講ご希望の方は、教会までお電話くださるか、
毎週日曜日午前10時30分からの主日礼拝にいらしていただいて、
受講ご希望の旨、お伝えください。


あなたも聖書を読んでみませんか?


富山キリスト教会  牧師 佐野兼司

〒939-8062 富山市上堀南町66-2
Tel&Fax 076-491-4622


7月5日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 7月5日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章11-32節

  説教 「一緒に喜んでください
          ~放蕩息子のたとえ~」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。現在、15章を読み進めています。15章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つ出て来ます。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われたものを見つけるまで捜し続ける神の姿」「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話ししています。

今回は、イエスのたとえ話の中でも有名な、あの「放蕩息子のたとえ」です。

15章の3つのたとえ話には、共通の枠組み、共通のテーマがあり、そして、共通の目的があります。

共通の目的、それは「一緒に喜んでください」です。

礼拝説教では、これら一連のたとえ話が語られることになった「場」を踏まえたうえで、イエスが何を語ろうとしたのかを、お伝えしたいと思います。


聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。

6月28日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 6月28日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章1-10節

  説教 「羊や 銀貨は 悔い改めない」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。現在、15章まで進みました。15章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つ出て来ます。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われたものを見つけるまで捜し続ける神の姿」「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話ししています。

今回は、「悔い改める」という言葉の意味を掘り下げていきます。

悔い改めは、反省、後悔とはちがいます。
また、教会の説教では、「心や生き方の向きを変えること」と語られます。

しかし、今回の15章のたとえの中に出て来る、羊や銀貨は、そういう意味での悔い改めができません。

そこで、この「悔い改める」という言葉を、もう少し深く掘り下げて考えてみたいのです。

そうすることで、「この一連のたとえが訴えていること」と、「神が、イエスが、どのようなお方であるのか」をより深く知ることができるようになるでしょう。

聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。

6月21日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 6月21日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章1-7節

  説教 「見失った羊を見つけた大きな喜び」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。今回から15章に入ります。この章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つまとめられています。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、今後3回にわたって、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話しします。
そして、「神とは、イエスとは、どのようなお方であるのか」をお話ししていきたいと思います。

聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。

主日礼拝 「再開」のお知らせ

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために休会としておりました

当教会の主日礼拝を、 

 6月7日(日)から、 再開 いたします。



基本的な感染防止対策を施します。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。

新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するようお祈りいたします。


教会へのお問い合わせは、
当ブログのPC版表示 左サイドバー「読者メッセージを送る」
お使いください。

または、
富山キリスト教会 電話 076-491-4622 までお電話ください。


s-plant-2376664_1920.jpg今回の新型コロナウイルス感染症拡大は、「戦後最大の危機」と言われています。

それは、「心の危機」でもあります。

健康、仕事、経済(家計)、家族、人間関係、誹謗中傷など、あらゆる面で私たちの心が危機にさらされます。

当り前だと思っていた平穏な暮らしが、実はとても不安定なものの上に成り立っていたのだということを、今、改めて考えさせられています。

「どのようなときにも心を支えてくれる、確かなものが欲しい…」、「揺れ動くこの世界の中で、揺らぐことのない何かを心に得たい…」、「生きる意味って、何だろう…」

このようなときだからこそ、人生について、生きることについて、ご一緒に考えてみませんか。

聖書には、苦しみの中に生きた人々が描かれています。
 神がそのような彼らと共にいたことが描かれています。
  そして、彼らが、神によって生きる力を得ていったことが描かれています。

教会は、私たちに生きる力を与える「神の言葉」をお伝えしています。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。ご相談、お問い合わせください。
ご希望の方には、新約聖書無料プレゼント版を差し上げます。

教会へのご相談、お問い合わせは、
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または、
富山キリスト教会 電話 076-491-4622 までお電話ください。

「神は言われた。
 『光あれ。』
  こうして、光があった。」
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 創世記1章3節)

「ペンテコステ主日礼拝」をしました。

2020年5月31日(日)の礼拝は、「ペンテコステ主日礼拝」でした。

ペンテコステとは、もともとは「五旬祭」「七週の祭り」というユダヤの祭りです。

画像キリスト教会にとっては、
「使徒たちの上に聖霊が降り、
 『教会』が誕生したことを記念する日」

  です。

そして、ここから教会の宣教(教会を通して働く、神の宣教)が始まりました。

キリスト教会では、「聖霊降臨祭」として祝われています。


教会、それは神によって命を吹き込まれた一つの体(有機体)です。

そして、その使命は、「主イエス・キリストの復活とその福音」を告げ知らせることです。

ペンテコステの日に誕生した「教会」は、聖霊に導かれて、福音を語り続けました。

その働きは、今も、世界中の教会によって、受け継がれています。


さて、とはいうものの、私たちの教会の、今年のペンテコステ主日礼拝は、新型コロナのこともあって「休会」。

教会員は各自、在宅での主日礼拝となりました。

新型コロナウイルス感染症の一日も早い終息を祈るものです。

IF YOU ENJOY TODAY TO THE FULLEST,

牧師のコラムです。

Tシャツやかばんに、英文が書かれているものって、ありますよね。

で、「なんて書いてあるのかな?」と思って、読んじゃうわけです。


今日、街でたまたま見かけた子供用バッグにも、英文が…。

ふだんなら、マジメに読もうとはしないんですが、

最初の IF YOU ENJOY  が目に留まって、最後まで読んでみると……。


IF YOU ENJOY TODAY TO THE FULLEST,

  IT WILL BE THE "HAPPIEST" day ever.



「今日を思いっきり楽しめば、
  これまでで、いっちばん幸せな日になるよ」


「おおっ」

何も思わず、期待せず読んだので、ちょっと感動しちゃったんですよね。

いつも、保育園や学童保育で多くのこどもたちと接しているのですが、
それこそ彼らには、今日という一日一日を思いっきり楽しんで、幸せをいっぱい感じてほしいな…と思ったのでした。

新型コロナ危機にあるすべてのみなさまへ

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、
当教会では、主日礼拝、その他すべての集会を、
当面、 休会 としています。
 
新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するよう祈っております。

主日礼拝、諸集会は「休会」ですが、教会は「休業」ではありません。

s-plant-2376664_1920.jpg今回の新型コロナウイルス感染症拡大は、「戦後最大の危機」と言われています。

それは、「心の危機」でもあります。

健康、仕事、経済(家計)、家族、人間関係、誹謗中傷など、あらゆる面で私たちの心が危機にさらされます。

当り前だと思っていた平穏な暮らしが、実はとても不安定なものの上に成り立っていたのだということを、今、改めて考えさせられています。

「どのようなときにも心を支えてくれる、確かなものが欲しい…」、「揺れ動くこの世界の中で、揺らぐことのない何かを心に得たい…」、「生きる意味って、何だろう…」

このようなときだからこそ、人生について、生きることについて、ご一緒に考えてみませんか。

聖書には、苦しみの中に生きた人々が描かれています。
 神がそのような彼らと共にいたことが描かれています。
  そして、彼らが、神によって生きる力を得ていったことが描かれています。

教会は、私たちに生きる力を与える「神の言葉」をお伝えしています。

現在、当教会では、主日礼拝ほか諸集会を休会としていますが、教会自体は「休業」いたしてはおりません。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。ご相談、お問い合わせください。
ご希望の方には、新約聖書無料プレゼント版を差し上げます。

教会へのご相談、お問い合わせは、
当ブログのPC版表示 左サイドバー「読者メッセージを送る」
お使いください。

または、
富山キリスト教会 電話 076-491-4622 までお電話ください。

「神は言われた。
 『光あれ。』
  こうして、光があった。」
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 創世記1章3節)

本当の宗教、本当の祈りとは?

「戦後最大の人類の危機」とも言われる、今回の新型コロナ危機。

s-block-787806_1280.jpg「人生における苦しみ」や「信仰」について、以前、当教会の週報コラム欄に短い文章を書きました。

少し手を加えたものを、何回かにわたって転載しています。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。

ご意見、ご感想、ご質問、ご相談、お問い合わせなどございましたら、当ブログの「コメント欄」「読者メッセージを送る」をお使いください。

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富山キリスト教会「週報」 牧師コラム「雲の柱」 2015.11.29

「本当の宗教、本当の祈りとは?」

今年印象深かったことの一つは、「主の祈り」の重さについて考えさせられたことだった。

「あれは地獄のようだった・・・。」

何度も書くが、戦後70年の今年、戦争体験者、原爆被害者の方たちが口をそろえて語るその言葉が、とても心に残った。
(※この記事は、2015年11月29日の週報に掲載したものです。)

私たちの生きる世界は、そういう地獄のような出来事が現実に起こる世界なのだ。そこに主の祈りの重さというか、切実さが生まれることを、私たちは知っておくべきである。

それを意識せずに生きておられるということは、平和で安全で自由な世の中なのだが、それはまさに「有り難い=滅多にない」状況であることを忘れてはいけない。

ところで、大岡昇平の小説『野火』に、こういう言葉がある。

「戦争を知らない人間は、半分は子供である。」

彼は、後にこれをこう説明した。

「戦争を知らない人は戦争という異常体験をすると、人間の真実を知る。」

私が言いたかったのは、まさにこれである。人間の真実を知らない(知ろうとしない)人の祈りは、ある意味子供っぽい祈りになってしまう気がする。

これに当てはまるのが、一つは「スピリチュアル」である。

精神科医で帝塚山学院大学教授の香山リカ氏は、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(幻冬舎新書)の中で、これを「徹底的な現世利益主義」として、人々はお金や恋愛結婚、仕事、健康など、「現世的な自分の幸せだけ」を求めていると分析する。

私も、スピリチュアルは「苦しみを苦しみとして背負って生きていかねばならない人生の重さ」に耐えられないと思う。

もう一つは、「ネオ・ペンテコステ」である。

思うに、ネオ・ペンテコステとは、スピリチュアルのキリスト教版なのである。彼らの「繁栄の神学」がそれをよく表している。

本当の宗教とは、地獄のような現実の中でこそ必要とされ、またその重みに耐えうるものである。


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「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。ご相談、お問い合わせください。
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人間には、宗教が必要だろうか?

「戦後最大の人類の危機」とも言われる、今回の新型コロナ危機。

s-block-787806_1280.jpg「人生における苦しみ」や「信仰」について、以前、当教会の週報コラム欄に短い文章を書きました。

少し手を加えたものを、何回かにわたって転載しています。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。

ご意見、ご感想、ご質問、ご相談、お問い合わせなどございましたら、当ブログの「コメント欄」「読者メッセージを送る」をお使いください。

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富山キリスト教会「週報」 牧師コラム「雲の柱」 2015.11.22 

「人間には、宗教が必要だろうか?」

読売新聞朝刊には、各界著名人が自分の人生を振り返って語る「時代の証言者」という連載コーナーがあります。

現在は、登呂遺跡を発掘した日本の代表的考古学者、大塚初重さんの証言が連載されています。
(※このブログ記事は、2015年11月22日の週報に掲載したものです。)

11月11日(水)と12日(木)は、その2回目、3回目でしたが、大変重い内容でした。

昭和20年(1945年)、海軍気象部一等兵曹だった大塚さんは、上海に向かうぎゅうぎゅう詰めの輸送船に乗っていました。

その船が米潜水艦の魚雷を受けて、載せていた魚雷が誘爆し、船底は火の海、船は傾いて沈み始めます。

逃げ道がない中、大塚さんは上から垂れ下がっている金属の綱を見つけ、とっさに飛びつきます。

「つかめた、助かる。そう思いました。よじ登り始めると、私の腰や足に何人かが飛びつき、しがみついてきました。私の体はずるずると下がっていきます。「どけ」と叫んでも、離しません。」

「私はもがいてもがいて、2人、3人と振り落とし、蹴落としました。燃える船底へ落ちていきました。」

「私は仲間を殺して生き延びました。生きたい一心でした。」

「『大塚さん、それが戦争というものです。気にしないことです』と後に対談した小野田寛郎さんは慰めてくれましたが、死ぬまで忘れません。」

ちょうどジュニアクラス(高校生のバイブルクラス)があったので、この記事を紹介しながら、「人間には、宗教が必要だろうか?」というタイトルの話をしました。

戦争体験者や原爆被害者は、みな口をそろえて、「あれは地獄のようだった・・・」と語ります。戦争に限らず、こうした地獄のような悲惨な現実が起こるのが、私たちの住んでいる世界です。神なんていない!と叫びたくなります。しかしまた、そのような状況だからこそ、私たち人間は神を求めずにはおれないのではないでしょうか。

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「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。ご相談、お問い合わせください。
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主の祈り ~神を求めざるを得ない人間の切実な祈り~

「戦後最大の人類の危機」とも言われる、今回の新型コロナ危機。

s-block-787806_1280.jpg「人生における苦しみ」や「信仰」について、以前、当教会の週報コラム欄に短い文章を書きました。

少し手を加えたものを、何回かにわたって転載していきたいと思います。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。

ご意見、ご感想、ご質問、ご相談、お問い合わせなどございましたら、当ブログの「コメント欄」「読者メッセージを送る」をお使いください。

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富山キリスト教会「週報」 牧師コラム「雲の柱」 2015.8.16 

「主の祈り ~神を求めざるを得ない人間の切実な祈り~」

先週の主日礼拝で、「主の祈り」について少し触れました。
先週主日は8月9日。70年前、長崎に原子爆弾が投下された日でした。
(※この記事は、2015年8月16日の週報に掲載したものです。)

広島も含めて、原爆被害者の体験談を新聞で読んだのですが、彼らがみな口をそろえて、「あれは地獄のようだった」と話していたことが心に残りました。

このことから、地獄のような現実が起こるのが私たちの住んでいる世界なのであって、だからこそ、私たちは「天にまします我らの父よ」と祈るし、祈らざるを得ないのではないか、という話をしたわけです。

私はこんなことを想ったのです。

何不自由ない平和な日常の中で「主の祈り」を唱えるとき、その祈りが「軽くなっている」ということがあるのではないか。毎週の主日礼拝で、ただ習慣的に唱えているだけということが実際あるかもしれない。

しかし、地獄のような現実に遭遇したそのときに、まず果たして「天にまします我らの父よ」と祈ることができるだろうか。

神がいるとはとても思えない状況の中で、私たちは果たしてなお「神よ」と呼びかけることができるだろうか。

「できるわけがない」と人は言うだろう。

しかし、そのような状況だからこそ、私たちは神を求めざるを得ないのではないか。

そして、悲惨な現実の中で神を求めざるを得ない人間の切実な祈りとして、「願わくは、御名をあがめさせたまえ。御国をきたらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」が唱えられていくのではないか。

食べるものがない状況で祈る「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ」はもちろん、人を押しのけなければ生きていけない中で祈る「我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」の切実さ。

そうした、人間を非人間的にしてしまう現実の中で祈る「我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」の切実さ。

こうしたことを想いつつ「主の祈り」を唱えるなら、今まで聞き唱えてきたそれとは、まるで違って聞こえてくるはずです。

「主の祈り」
それは、神を求めざるを得ない人間の切実な祈りなのです。

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「主の祈り」

天にまします我らの父よ。
ねがわくは御名をあがめさせたまえ。
御国をきたらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、
我らの罪をもゆるしたまえ。
我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ。
国とちからと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。
アーメン。


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ヨブ記に学ぶ② 問われているのは、私たちのほうである

聖書「ヨブ記」から、「人生における苦しみ」について考える前記事の続きです。

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富山キリスト教会 「週報」 牧師コラム「雲の柱」 2019.3.17 

「ヨブ記② 問われているのは、私たちのほうである」

正しい人ヨブは、突然の悲劇に見舞われ、「なぜ私にこんなことが…」と、苦しむことになった。もっと言うと、「なぜ、神は私を苦しめるのか、滅ぼそうとされるのか」と問う。

ヨブの苦しみの本質は、出来事そのものよりも、「その理由がわからない」というところにあり、それは「神が答えてくださらない」という、神との関係において生じてきている問題である。

ところで私たちは、1章と2章における神とサタンのやり取りを知っている。

サタンの言い分はこうである。
「人が神を敬うのは、神が人を祝福しているからで、もしその祝福を奪われたら、人は神を呪うにちがいない。」

「それでは、そのようにしてみるがよい」と、神は許可する。

ヨブはその検証材料として立てられている。
ヨブが無垢で正しい人だからこそ、この検証が成り立つ。
つまり、ヨブには、神によって苦しめられる理由(罪)は、「ない」のである。

このあと、神に打たれる理由がヨブにあるかないかで、三人の友人とヨブとの間に堂々巡りの議論が繰り返される。途中エリフという人も加わって、最後は神ご自身がヨブに語りかける。

興味深いのは、この神の語りかけの中で、神は、「苦しみを与えた理由」をヨブにまったく説明していないのである。そう、サタンとのやり取りを説明していないのである。つまり、ヨブにとっては、苦しみの理由(原因)は最後までわからないままなのである(ここはとても重要)。

ヨブは、納得できたのだろうか。


できた、のである。

彼は神の語りかけによって、問いの立て方を変えたのだ。

彼は、それまで、「なぜ」と理由を問うていたが、神には神の領域、人間には知り得ない神の領域があることを悟り、逆に神から、「それではあなたはその中でどう生きようとするのか」と、自分自身の態度が問われていることに気づいたのだ。

彼は神を信じることに決めた。
そして、その生き方を定めたとき、彼は苦しみのただ中で、納得と魂の平安を得たのである。

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ヨブ記に学ぶ① ヨブと三人の友人

今回の新型コロナ危機は、「心の危機」でもあります。

苦しみに出会うとき、人は、「なぜ?どうして?」と問います。

s-living-2882718_640.jpg聖書の中に、「ヨブ記」という書があり、そこに「ヨブ」という人が出てきます。

彼も、人生の苦しみの中で、「なぜ?どうして?」ともがいた人でした。

このヨブ記について、以前、当教会の週報コラム欄に短い文章を書きました。

人生における苦しみについて、みなさんとご一緒に考えたく、ここに転載します。

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富山キリスト教会 「週報」 牧師コラム「雲の柱」 2019.3.10 

「ヨブ記① ヨブと三人の友人」

新しい翻訳の聖書通読は、ヨブ記まで進んだ。
義人ヨブの苦しみを描いた書物である。

ヨブは神を畏れる正しい人であった。彼は多くの財産を持つ豊かな人であった。

その彼を、突然の悲劇が襲う。
一日のうちに事件が次々と起こり、彼は多くの財産と僕たち、そして息子たち娘たちを失ってしまう。さらに後日、今度はヨブ自身が悪性の腫れ物で全身覆われてしまう。

「神を畏れる正しい人は繁栄する。悪いことが起こるのは、その人の中に罪があるからである(と考えられていた)。しかし、ヨブは正しい人であった。正しい人ヨブに、なぜ悪いことが起こるのか。正しい人ヨブに苦しみを与える神は、正しい神と言えるのか。」
それが、ヨブ記で扱われているテーマである。

正しい人ヨブに、なぜ悪いことが起こったのか。

理由は、「ない」。

彼を襲った悲劇は、彼の知らないところでの神とサタンのやり取りに基づくものであって、彼自身にはそれを招く原因は全くなかった。彼を苦しめたのは、悲劇はもちろんだが、それ以上に、「その理由がわからない」ということだった。ここ重要。

しかし、三人の友人は、「罪がないのに滅びた者があったか。正しい人で絶ち滅ぼされた者がどこにいたか」と言って、悲劇の理由が彼の罪にあることを認めよと、ヨブに訴え続ける。

これを読みながら思い出すのは、信者であるだれかに何か悪いことが起こると、やれ信仰が足りないからだ、祈りが足りないからだ、と言っていた人たち。繁栄の神学を信じる人たちに、そういう人たちが多かった。

正しく生きていても、苦難に出会うことは「ある」。
そこで私たちが問うべきは、悪いことが起こった「理由」ではなく、そのとき、私たちはどう生きるべきか(神を呪うか、それとも神を信頼し続けるか)、という「態度」なのである。

苦しんでいるヨブをさらに苦しめてしまった三人の友人のようにならないよう、気をつけたい。

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新型コロナ危機にあるすべてのみなさまへ

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、
当教会では、主日礼拝、その他すべての集会を、
当面、 休会 としています。
 
新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するよう祈っております。

主日礼拝、諸集会は「休会」ですが、教会は「休業」ではありません。

s-plant-2376664_1920.jpg今回の新型コロナウイルス感染症拡大は、「戦後最大の危機」と言われています。

それは、「心の危機」でもあります。

健康、仕事、経済(家計)、家族、人間関係、誹謗中傷など、あらゆる面で私たちの心が危機にさらされます。

当り前だと思っていた平穏な暮らしが、実はとても不安定なものの上に成り立っていたのだということを、今、改めて考えさせられています。

「どのようなときにも心を支えてくれる、確かなものが欲しい…」、「揺れ動くこの世界の中で、揺らぐことのない何かを心に得たい…」、「生きる意味って、何だろう…」

このようなときだからこそ、人生について、生きることについて、ご一緒に考えてみませんか。

聖書には、苦しみの中に生きた人々が描かれています。
 神がそのような彼らと共にいたことが描かれています。
  そして、彼らが、神によって生きる力を得ていったことが描かれています。

教会は、私たちに生きる力を与える「神の言葉」をお伝えしています。

現在、当教会では、主日礼拝ほか諸集会を休会としていますが、教会自体は「休業」いたしてはおりません。

「この機会に、人生について考えてみたい」、「聖書を読んでみたい」、「キリスト教信仰について聞いてみたい」とお考えの方は、ぜひ教会にご連絡ください。ご相談、お問い合わせください。
ご希望の方には、新約聖書無料プレゼント版を差し上げます。

教会へのご相談、お問い合わせは、
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「神は言われた。
 『光あれ。』
  こうして、光があった。」
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 創世記1章3節)

在宅礼拝の手引き

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、
当教会では、主日礼拝、その他すべての集会を、
当面、 休会 としています。
 
新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するよう祈っています。

以下は、在宅で主日礼拝をささげる方々のための手引きです。

時間的には40分ほどになります。

現在の状況下、私たちはさまざまな情報に触れ、不安になり、否定的な思いにとらわれ、自分自身を見失ってしまうことがあります。

そのような中、主の前に静まり、礼拝をささげることで、自分自身を取り戻し、「新しく生きる力」をいただきましょう。

※教会員のみなさんへ
ネット環境をお持ちの方には、週報、説教原稿、説教パートの動画URL、その他をお送りしますので、ご覧ください。
ネット環境をお持ちでない方には、週報、説教原稿、その他を郵送しますので、ご覧ください。

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【在宅分散礼拝 プログラム案】

黙  祷……(主の前に静まり、心を整えます)
聖  書……詩編 100篇1a~5節
賛  美……新聖歌60 「天地こぞりて」
      またはP&W159「あなたをたたえ」

使徒信条……(キリスト教信仰の基本信条を唱えます)
主の祈り……(キリスト教信仰における代表的祈祷文を唱えます)

聖  書……詩編 23篇1~6節
祈  り……(心を神に向け、主をたたえ、感謝し、
       神を愛し、人を愛する歩みができるように、
       主の導きと助けを祈り求めます。
       世界と教会のために祈ります)

賛  美……新聖歌266 「罪 咎を赦され」
      新聖歌325 「歌いつつ歩まん」

      または
      P&W128「威光・尊厳・栄誉」
      P&W118「主の前にひざまずき」

聖  書……(今年は「ルカによる福音書」を読み進めています。
       小見出しごとに読み進めます)

聖書黙想……(よく読んで、内容をつかみ、
       気づいたこと、教えられたこと、
       自分はどうすべきか、などを黙想します)

祈  り……(聖書を通して語りかけてくださった神に感謝し、
       この一週間も神を愛し、人を愛し、
       主の教えに従って歩めるように祈ります。
       人々のため、教会のため、
       特に新型コロナウイルス早期収束のために祈ります)

賛  美……新聖歌355 「主と共に歩む」
      またはP&W160「栄光・尊厳・力」

賛  美……新聖歌63「父・御子・御霊の」
黙  祷
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「復活祭(イースター)」 春!

今日4月12日(日)は、復活祭(イースター)でした。

イエス・キリストが復活されたことを祝う、喜びの日です。

ところが、今年のイースターは、新型コロナの影響で残念ながら共に集うことができず…。
教会員は各自在宅での礼拝となりました。

教会では、玄関の花たちがちょうど見ごろとなりました。
きれいですよ~!!

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s-P1480132の修正.jpgユリオプスデージーが、たくさんの花を咲かせてくれました。
なかなか見ごたえがあります。

s-P1480147の修正.jpgチューリップにムスカリ。ラベンダー。
白い花は、スウィートアリッサム。
甘い香りがします。
黄色い花は、ビオラ。

みなさんにも見ていただきたかったな……。

「復活祭(イースター)」 在宅礼拝の手引き

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、
当教会では、主日礼拝、その他すべての集会を、
当面、 休会 としています。
 
新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するよう祈っています。

明日4月12日(日)は、復活祭(イースター)です。
イエス・キリストが復活されたことを祝う、喜びの日です。

以下は、在宅で復活祭の祈りをささげる方々のための手引きです。

画像残念ながら、今年の復活祭は共に集うことができませんが、それぞれ自宅で礼拝し、
主の復活を喜び祝いましょう。

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黙  祷……(主の前に静まり、心を整えます)
聖  書……詩編 98篇1節
賛  美……聖歌384 「すべてのめぐみの」

使徒信条……(キリスト教信仰の基本信条を唱えます)
主の祈り……(キリスト教信仰における代表的祈祷文を唱えます)

聖  書……詩編 16篇1~11節
祈  り……(心を神に向け、主をたたえ、感謝し、
       神を愛し、人を愛する歩みができるように、
       主の導きと助けを祈り求めます。
       世界と教会のために祈ります)

聖  書……ルカによる福音書 24章1~12節
賛  美……聖歌172 「はかのなかに」

聖  書……ルカによる福音書 24章13~35節
賛  美……聖歌171 「よびとよ うたえ」

聖  書……ルカによる福音書 24章36~53節
賛  美……聖歌170 「主のよみがえり」

祈  り

賛  美……聖歌232 「つみとがをゆるされ」

賛  美……聖歌383「ちち・みこ・みたまの」
黙  祷
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受難週祈り会

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、
当教会では、主日礼拝、その他すべての集会を、
当面、休会としています。
 
新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するようお祈りいたします。

今日4月9日(木)は、受難週の中では、最後の晩餐、聖餐の制定がなされたことを記念する日にあたります。

以下は、在宅で受難週の祈りをささげる方々のための手引きです。
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黙  祷
賛  美……聖歌206 「しみもとがも」

聖  書……ルカによる福音書22章1~38節
賛  美……聖歌392 「神はひとり子を」

聖  書……ルカによる福音書22章39~62節
賛  美……聖歌402 「おかにたてるあらけずりの」

聖  書……ルカによる福音書22章63節~23章25節
賛  美……聖歌155 「いばらの針の」

聖  書……ルカによる福音書23章26~56節
賛  美……聖歌400 「きみもそこにいたのか」

祈  り

賛  美……聖歌157 「われいのちを」
黙  祷
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「受難週」

今年2020年の教会暦では、4月5日(日)から、「受難週」に入っています。

画像主イエス・キリストの受難(苦しみと十字架上の死、そして葬り)を心に覚える一週間です。

〔日曜日〕
イエスはエルサレムに入城し、群衆の歓喜の声に迎えられます。

〔月曜日〕
イエスは神殿を金儲けの場にしていた商人たちを追い出して、神殿と神礼拝のあるべき姿を示します。
大祭司を頂点とする宗教指導者層は、イエスを亡き者にしようとして動き出します。

〔火曜日・水曜日〕
イエスを罠にかけようとするユダヤ指導者層との宗教問答が繰り広げられます。
また、マリヤという女性がイエスに愛と敬意を表し高価な香油を注ぎましたが、イエスはこれを自身の葬りの準備であるとしました。

〔木曜日〕
弟子たちと過越しの祭りの食事をとり、席上、「主の晩餐」が制定されます。この食事が「最後の晩餐」となりました。
その後、ゲツセマネの園で自身を捧げる祈りをしたところに、宗教指導者層によって遣わされた群衆がユダに導かれて現れます。イエスはその場で逮捕され、連行され、大祭司の尋問を受けます。

〔金曜日〕
夜明け前にユダヤの裁判、早朝にローマの裁判があり、イエスは十字架につけられて処刑されることになります。

午前9時頃、イエスはゴルゴタの丘で十字架につけられました。

午後3時頃、イエスは十字架の上で息を引き取ります。
イエスの遺体は墓に葬られました。

〔土曜日〕
弟子たちがイエスの遺体を盗み出したりしないように、イエスの墓が封印され、番兵がおかれます。


そして、日曜日の朝、驚くべき事件が起こるのです……。

主日礼拝、その他の諸集会 休会のお知らせ

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、その拡大防止のため、

当教会の主日礼拝、その他すべての集会を、 

 4月12日(日)から当面、 休会 といたします。



新型コロナウイルス感染症が一日も早く終息するようお祈りいたします。


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