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富山キリスト教会

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Welcome! ようこそ 富山キリスト教会のブログへ
富山キリスト教会は、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属するプロテスタントの教会です。

「教会ってどんなことしているの?」、「教会に行ってみたい」、「キリスト教や聖書の話を聞いてみたい」という方々を歓迎いたします。
小さなお子さん連れの方も、ご高齢の方も、遠慮なくお越しください。
みなさまのお越しを心からお待ちしております。

主日礼拝 : 毎週日曜日 午前10:30〜12:00

〒939-8062 富山県富山市上堀南町66-2  電話&FAX 076-491-4622
牧師 佐野兼司(さのけんじ)
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「スプリングコンサート」をしました。

2019/04/21 23:51
2019年4月20日(土)午後7:00〜8:30、スプリングコンサートをしました。

画像音楽ゲスト「トリプレッツ」のコンサート、牧師による聖書の話、ティータイムの楽しい90分。

今回はヴァイオリンに代わって、フルートが入ってくださいました。

来会者のほとんどは、信者ではない一般の方々です。

「新年度のバタバタが続く中、このコンサートの日が来るのを心待ちにしていました」とは、コンサートの常連の方のコメント。

「ヴォーカルの透き通るような声も素敵だし、ピアノも素敵。フルートは管楽器ということで、その息吹は春風のようでしたね」とのコメントも。

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トリプレッツのみなさん、毎回、素敵な演奏をお聴かせくださり、ありがとうございます。

画像会場の小学生の女の子2人に、曲に合わせての振付ダンスをお願いしてみると、二つ返事でステージへ。

大人のみなさんは手拍子で応援して、曲が終わると、大喝采!

ホント、「春が来たー!」って感じのコンサートになりました。


さて、聖書の話では、コンサートの次の日がイースター(復活祭)ということもあって、「イエス・キリストの復活」にまつわるお話をしました。

タイトルは、「なるほど!イースター!」

参照箇所は、ルカによる福音書24章、使徒言行録1章。

(聖書は、「日本聖書協会」のウェブサイト、「聖書本文検索」でお読みになることができます。)


聖書の話 「なるほど!イースター!」


1.「イースターって何?」

画像イースターとは、イエス・キリストの復活を祝うキリスト教会最大のお祭りです。復活祭とも呼ばれます。

クリスマスは毎年12月25日というように「日にち」が決まっていますが(冬至と関係があります)、イースターのほうは、日にちは決まっていません。

毎年、「その年の春分の日の後の、最初の満月の、次の日曜日」に祝われることになっています。

今年2019年は、ちょうど明日4月21日がイースター。来年2020年は4月12日になります。

教会では、主イエス・キリストの復活を祝って、イースター礼拝がささげられます。
明日も世界中、日本中の教会でイースター礼拝がささげられます。
(東方教会は、暦の関係で日にちが異なります)

毎年日にちが変わるのですが、必ず「日曜日」になるようになっています。なぜか?

それは、イエス・キリストが復活されたのが、「日曜日」だったからなのです。

ちなみに、キリスト教会では毎週日曜日に主日礼拝を行っていますが、これも、イエス・キリストが復活されたのが「日曜日」であったからなのです。


ところで、「イエス・キリストの復活」のストーリーを、みなさんご存じでしょうか。
クリスマスほどには、あまり知られていないようです。
そこで、イエス・キリストの復活のお話を、聖書からかいつまんでお話ししたいと思います。


2.「イエス・キリストの復活 〜イースター・ストーリー〜」

イエス・キリストが人々に神の国の福音を語り始めたのは、およそ30歳のときでした。

イエスは、福音を伝えながら、病人をいやし、汚れた霊に取りつかれた人からそれを追い出し、また数々の奇跡を行っていきました。

人々は、「彼こそ、ローマ帝国からユダヤを解放してくれる救い主・キリストなのではないか」と期待するようになります。

それと同時に、イエスのことを快く思わない人々も出て来ます。当時の宗教指導者層がそれです。
彼らはイエスを亡き者にしようと相談し、結果的に、イエスを十字架につけて殺してしまいます。金曜日の出来事でした。

イエスの遺体は、その日のうちに取り降ろされ、墓に葬られました。当時のユダヤの墓は岩をくりぬいた横穴式のもので、遺体を布に包んで納めた後、入り口を大きな石でふさぎます。

弟子たちにとって、イエスの死はすべての終わりであり、絶望以外の何ものでもなかったことでしょう。

ところが、三日目の日曜日の早朝、事件が起こります。

まず、日曜日の早朝、イエスに従っていた婦人たちがイエスの墓を訪れると、墓をふさいでいた大石がわきへ転がされており、中に入ってもイエスの遺体は見当たりませんでした。

すると、途方に暮れていた彼女たちの前に天使が現れ、こう告げたのです。
「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」

婦人たちは、墓から帰って、イエスの弟子たちにこれを話しましたが、だれも信じてくれません。ペトロは、墓に走って中を確認しましたが、婦人たちが言うようにイエスの遺体がなくなっているのを見、驚きながら家に帰ります。

ちょうどそのころ、エルサレムからエマオという村に向かう二人の弟子が、復活したイエスに出会います。二人がイエスの死とイエスの遺体がなくなったことについて話しながら歩いていると、一人の人が近づいて来て話に加わります。

するとその人は、不思議なことを言うのです。「メシア(キリスト)が苦しみを受け、栄光に入ることは、聖書に預言されていたことではありませんか。」彼は話を続けます。

夕方、三人が家に入って食事の席に着いたとき、二人の目が開かれ、「主イエスだ!」と気づきます。ところが、その瞬間、イエスの姿は見えなくなりました。

驚いた彼らはすぐさまエルサレムの仲間のところに戻ります。すると、仲間たちが、「本当に主は復活して、シモン(ペトロ)に現れた」と話をしているところでした。二人も、復活したイエスに会ったことを話します。

するとそこに、イエスご自身が現れたのです。

弟子たちは亡霊を見ているのだと思いましたが、イエスは「まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある」とおっしゃって、手と足をお見せになりました。

それでも弟子たちが不思議がっているので、彼らの前で焼いた魚を一切れ食べられた、とあります。

イエスはその後も、ご自分が生きていることを数多くの証拠をもって弟子たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話されました。

そして、その40日目に、彼らの目の前でオリーブ山の山頂から天に上げられ、雲に覆われて見えなくなりました。

そのとき、天使が現れ、こう言いました。
「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのを同じ有様で、またおいでになる。」


…これが、イースター、「イエス・キリストの復活」の物語です。

復活したイエスは天に上げられました。しかしそれは、私たちから遠く離れてしまわれたのではありません。

イエスは神のもとにお戻りになり、見えなくなられましたが、目に見えない神が私たちと共におられるように、イエス・キリストも神と共に、そして私たちと共におられるのです。


3.「イエス・キリストは、本当に復活したのですか?」

すると、こういうふうにお思いになる方がいらっしゃるのではないでしょうか。

「イエス・キリストは、本当に復活したのですか?」
「物語としてはわかりました。でも、イエスは本当に復活したのですか?」

何しろ今から約2,000年前の出来事ですし、カメラやビデオがある時代ではありません。「証拠を示せ。証明しろ」と言われても、そんなことはできません。

では、「この話はうそなのか、作り話なのか」と言われると、それも証明することはできません。

私たちに残されているのは、ペトロをはじめとする弟子たちの証言だけです。ペトロは、こう言っています。

「神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。」
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 使徒言行録2章32、33節)

彼らは、「わたしたちはそのことの証人です。わたしたちは見たのです」と言っています。その後も言い続けています。

疑われても、脅されても、「わたしたちは、(自分たちが)見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」と、命をかけて、人生をかけて、イエスの復活を人々に語り続けました。

実は、このペトロ。イエスが十字架につけられたとき、イエスの仲間と思われるのが怖くて、逃げてしまった人なのです。そういう意味では、私たちと変わらない、弱さを持つ一人の人間だったのです。

ところがそんな彼が、イエスの復活を、恐れず大胆に語り始めた。

彼の変化は、どこから来たのでしょう。

イエスの復活を証明することはできません。
しかし、ペトロたちの変化を見るときに、彼らを変える “何か” があったとしか思えません。

その “何か” とは、何だったのでしょう…。
彼らの人生を根底から変えてしまうような強烈な体験…。

それが、「イエスの復活」だったのではないでしょうか。

その体験はペトロたちに留まりませんでした。彼らはイエスの復活を宣べ伝えるようになったのですが、彼らの話を聞いて「イエスの復活」を信じた人たちも、同じように人生を新しく変えられる体験をしていきました。

そのような体験者が起こり続けることによって、キリスト教は今日まで続いて来たのです。

私も同じです。
キリストの復活を信じるとき、私の中に希望や生きようとする力が湧いてきます。

人生には、辛いこと、苦しいことがあります。しかし、死から復活したお方が私と共にいて、私を励まし支えながら歩んでくださる。キリストの復活を信じるからこそ、どのような中にあっても、「その先」を見て、「その先」を信じて歩むことができるようになりました。

やがて私もいつかこの世を去る時が来るでしょう。しかし、その時でさえ、死から復活したお方イエス・キリストが、私を「その先」の世界に導いてくださる。

みなさん、復活とは、蘇生(生き返り)ではありません。
それは、質的に異なる、全く新しいものへの変化です。

イエス・キリストの復活を信じるとき、私たち自身が新しい自分に変えられ、新しい生き方に変えられていく。そして、私たち自身の復活を信じることができるようになるのです。

「神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。」

驚きと 喜びと あふれるいのちをもって ペトロが語ったこの言葉を、今晩、私たちはどう受け止めるでしょうか。


というようなお話をしました。

おしゃべりティータイムでは、みなさん楽しそうにおしゃべりを楽しんでおられました。

普段の生活とはちょっと違う、心癒されるひとときを過ごしていただけたなら、私たちもうれしく存じます。

教会では、スプリングコンサートのほか、オータムコンサート(10月)、クリスマス・キャンドルサービス(12月)を企画しています。信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。

「もう少し聖書の話を聞いてみたい」、「私も神様を信じたい、イエス・キリストを信じたい」と思われる方は、ぜひ毎週日曜日に行われている「主日礼拝」にお越しください。教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10〜15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

どなたも、お気軽にお越しください。
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「スプリングコンサート」(4月20日(土))のお知らせ

2019/04/13 22:00
新しい季節が始まりました。
みなさん、いかがお過ごしですか?

画像新しい環境の中でがんばっていらっしゃるみなさんにホッと一息ついていただける場を設けたいなァと思い、今年もスプリングコンサートを企画しました。

トリプレッツ(ヴォーカル、フルート、ピアノ)による心潤う音楽と、牧師が語る聖書のお話のひとときです。

春の歌や心癒される歌、そしてこの春一歩踏み出す、一歩踏み出した方々を励ます応援ソングをご用意しています。

入場料は無料です。

どなたもお気軽にお越しください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

♪ 「スプリングコンサート」 ♪

ゲスト: Triplets(トリプレッツ)
     ソプラノ    酒井由香さん
     フルート     増山理恵さん
     ピアノ      岡村郁子さん 

日時:2019年 4月20日(土) 午後7:00〜8:30

     午後7:00〜  コンサート
     午後7:40〜  聖書のお話
     午後8:10〜  ティータイム
      〜午後8:30 終了

会場: 富山キリスト教会 (駐車場あり)

入場無料

お問い合わせは、お気軽に!
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。


※画像をクリックして、拡大してご覧ください。
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「イースター主日礼拝(オープン礼拝)」のご案内

2019/04/13 21:00
画像4月21日(日)は、イエス・キリストが復活されたことを祝う、イースター(復活祭)!

教会では、午前10:30〜12:00に、「イースター主日礼拝」(オープン礼拝)を行います。
場所は教会。参加費は無料です。

賛美歌を歌い、聖書の話に耳を傾け、イエス・キリストの復活を祝います。

オープン礼拝は、教会の礼拝をのぞいてみたい、キリスト教の話、聖書の話を聞いてみたいという方々を歓迎する礼拝です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。

お子さん連れも歓迎いたします。気になさらずにお連れください。
どなたもお気軽にお越しください。

ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。
 毎週10〜15人が集まる肩肘張らない素朴な教会です。
 みなさまのお越しをお待ちしております。
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お問い合わせは、
富山キリスト教会 TEL&FAX 076-491-4622 まで。
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「受難週」

2019/04/12 19:00
今年2019年の教会暦では、次週4月14日から、「受難週」となります。

画像主イエス・キリストの受難(苦しみと十字架上の死、そして葬り)を心に覚える一週間です。

〔日曜日〕
イエスはエルサレムに入城し、群衆の歓喜の声に迎えられます。

〔月曜日〕
イエスは神殿を金儲けの場にしていた商人たちを追い出して、神殿と神礼拝のあるべき姿を示します。
大祭司を頂点とする宗教指導者層は、イエスを亡き者にしようとして動き出します。

〔火曜日・水曜日〕
イエスを罠にかけようとするユダヤ指導者層との宗教問答が繰り広げられます。
また、マリヤという女性がイエスに愛と敬意を表し高価な香油を注ぎましたが、イエスはこれを自身の葬りの準備であるとしました。

〔木曜日〕
弟子たちと過越しの祭りの食事をとり、席上、「主の晩餐」が制定されます。この食事が「最後の晩餐」となりました。
その後、ゲツセマネの園で自身を捧げる祈りをしたところに、宗教指導者層によって遣わされた群衆がユダに導かれて現れます。イエスはその場で逮捕され、連行され、大祭司の尋問を受けます。

〔金曜日〕
夜明け前にユダヤの裁判、早朝にローマの裁判があり、イエスは十字架につけられて処刑されることになります。

午前9時頃、イエスはゴルゴタの丘で十字架につけられました。

午後3時頃、イエスは十字架の上で息を引き取ります。
イエスの遺体は墓に葬られました。

〔土曜日〕
弟子たちがイエスの遺体を盗み出したりしないように、イエスの墓が封印され、番兵がおかれます。


そして、日曜日の朝、驚くべき事件が起こるのです……。

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2019/03/24 23:02
画像2019年3月24日(日)主日礼拝後。

つくしが伸びてきました。

タンポポだと思って近づいた花は、別の花でした。ヒメリュウキンカ?



教会でも春の花が咲いたり、飾られたりして、春らしさを感じるようになりました。
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画像シンビジウム。
今年もきれいな花を咲かせてくれました。

春です。
新しい季節が始まろうとしています。
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「ジョルジュ・ルオー版画展」 福光美術館

2019/03/14 08:00
画像2019年3月2日(土)〜24日(日)、
南砺市立福光美術館を会場に

「 静謐と情熱
 ジョルジュ・ルオー版画展
 富山県美術館コレクションより 」
 

が開催されています。




ジョルジュ・ルオー(1871-1958)は、フランスの画家。

「キリストの受難」をテーマにした宗教的主題を多く描き、20世紀最大の宗教画家といわれています。

版画展では、彼の代表作 『ミセレーレ』 『受難』 『悪の華』 の版画作品各シリーズを展示。


版画展のHPはこちら
 → 「南砺市立福光美術館 企画展」
    『 静謐と情熱 ジョルジュ・ルオー版画展 富山県美術館コレクションより』

◇会期 2019年3月2日(土)〜3月24日(日) 火曜休館

◇料金 一般800円 / 高大生500円 / 中学生以下無料



私(佐野)は、美術のことはよくわかりませんが、『ミセレーレ』がよかったです。

「ミセレーレ」とは、ラテン語で 「(主よ)憐れんでください」 という意味。全58点から成る作品群です。


「罠と悪意のこの世にただ独り」という作品は、頭を抱え打ちひしがれている男性が描かれています。
裸で描かれているのは、すべてを失ったからなのか、それとも苦悩する孤独な人間存在そのものを表しているのか。

「我ら自らを王と思い」という作品は、豪華そうな身なりの男性の横顔上半身。その横顔とがっしりした体形が、太い輪郭で力強く描かれています。富や権力を手に入れたのか、何でもできるという自信のようなものが伝わってきます。
しかし、見ているうちに、その彼を冷めた目で客観的に見つめる作者の目を次第に意識するようになります。そう、彼は、「自らを王と思い込んでいるだけ」なのです。彼は自分がはかない存在であることに気づいていません。主よ、彼を憐れんでください。
しかし、その「彼」は、「我ら」つまり私たち自身の姿でもあることに気がつかされます。そこで、それこそ、「ミセレーレ」(主よ、憐れんでください)と思わずにいられなくなるのです。
すると、今度は、彼を、そして私たちを憐れみ、慈悲の心で見つめるキリストの目を意識するようになります。何とも不思議な体験……。

ほかにも、
「生きるとは辛き業……」
「われわれはみな愚かもの…」
「神よ、我を憐みたまえ、御身の大いなる慈悲によりて」など。

人間の弱さ、生きることの辛さ、悲しみ、痛み、苦しみ、愚かさ、高慢、醜さ、さみしさ、虚しさ、はかなさ、死、恐れ、あきらめ、絶望……ルオーの絵(版画)を見ていると、そういったものを感じます。

確かに、そうしたものを全部ひっくるめて生きているのが、私たち人間です。

『ミセレーレ』 「(主よ)憐れんでください」 は、ルオーの祈りであるとともに、「主は憐れんでくださる。いや、すでに憐れんでくださっている」という信仰の表現なのではないかと思いました。


画像キリスト教会の暦(教会暦)では、現在、「受難節」 に入っています。

受難節とは、復活祭(イースター)前の6回の日曜日を除いた40日間のこと。
四旬節、レントとも呼ばれます。

今年2019年は、3月6日(水)の「灰の水曜日」から始まり、4月14日(日)から受難週、そして4月21日(日)がイースターになります。

受難節は、キリストの受難を偲び、悔い改め、身を慎んで過ごす期間です。

キリスト教会の歴史の中では、古くから、「洗礼への準備の期間」ともされてきました。
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この春、教会にいらしてみませんか?

2019/03/04 07:30
私たちの教会は、富山市内にあるプロテスタントの教会です。

画像「教会に行ってみたい」
「キリスト教や聖書の話を聞いてみたい」
「礼拝をのぞいてみたい」
  という方々を歓迎いたします。

あなたも教会にいらしてみませんか?

どなたもお気軽にお越しください。

「よくある質問」 は、こちらでお答えしています。

   → 「はじめての方へ〜よくあるご質問〜」


富山キリスト教会は・・・

◇プロテスタントの教会です。

◇礼拝は、毎週日曜日 午前10:30〜12:00 に行われています。

◇礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、
 聖書の話を聞き、祈りをささげます。

◇聖書は、貸出用がございます。

◇礼拝での献金は、信者が神にささげるものですので、
 信者でない方はなさる必要はありません。ご安心ください。

◇礼拝には、毎週10〜15人ほどが集っています。

◇礼拝の雰囲気は、堅苦しくありません。
 教会の雰囲気は、おだやかな雰囲気です。

◇礼拝後は、すぐにお帰りになられてもかまいませんし、
 お茶を飲みながら牧師や信者と気軽に話をすることもできます。

◇牧師は、平日は認定こども園で用務員、保育教諭、放課後児童支援員として働いています。社会福祉士。
 牧師夫人も、認定こども園で保育教諭として働いています。乳児保育の経験が豊富です。

◇教会では、「親子サロン」、「こども会」、「中高生クラス」、「聖書を読む会」、「キリスト教入門講座」などもしていますので、興味関心のある方はお気軽にお尋ねください。


富山キリスト教会  牧師 佐野兼司

〒939-8062 富山市上堀南町66-2
Tel&Fax 076-491-4622

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「こども会」をしました。

2019/02/26 19:54
2019年2月24日(日)午後1:30〜2:45、こども会をしました。
内容は、ゲーム、紙芝居、おもしろ工作、おやつ。

こちらは、アイスブレイクのゲーム。
大根抜き抜きゲームをして、次はクモおに。
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画像聖書絵本読み聞かせは、「カナのけっこんしき」。

水がぶどう酒に変わるというイエス様の奇蹟のお話です。


おもしろ工作は、「ストロー飛行機」を作りました。
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画像完成したら、みんなで飛ばしてみよう!

1・2・3!

おやつタイムも、みんなでお話ししながら楽しく過ごしました。

画像もうすぐ、春。
卒園、入学、進級を控えて、ちょっぴり不安を感じる頃かも。
まったりした感じのこども会。
居心地の良さを提供できたらいいなと思っています。

牧師は、保育園用務員(保育士資格、幼稚園教諭免許アリ)で、放課後児童支援員歴は13年になります。こどもたちを笑わせるのが大好き。

牧師夫人も20年近くの経験を持つ現役保育教諭です。子育てママたちの頼れる味方。

「親子サロン」、「こども会」、「ママ会」をとおして、こどもたちを祈って育む子育ての輪を広げていけたらいいなと思っています。参加者のほとんどは、信者ではない一般の方々です。

3集会とも不定期で行っています。
参加ご希望の方は、まずはお気軽に教会までお電話ください。

富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622
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2月17日(日) 主日礼拝予告

2019/02/11 19:00
主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

次週の主日礼拝は、

 2月17日(日) 午前10:30-12:00

  聖書 ルカによる福音書 7章11-17節

  説教 「もう泣かなくともよい」



イエスがナインという町に行かれたときのことです。
イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところでした。その母親はやもめ(配偶者を失った女性)でした。
夫を失い、そして今、一人息子を失い、彼女はどれほど悲しんでいたことでしょう。

この母親を見たイエスは、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われます。
そして、・・・・・

礼拝では、「このときイエスが何を語り、何をなさったか。イエスとは、一体、どのようなお方であるのか」をお話ししていきたいと思います。

聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

現在、主日礼拝で読み進めている「ルカによる福音書」は、全部で24章。

イエスは何を語り、何をなさったのか。
イエスとは、一体、何者なのか。

福音書は、そうした「イエスが何者であるか」を伝える書物です。

画像主日礼拝の説教では、内容や背景をわかりやすくご説明し、聖書が伝えようとしている使信(メッセージ)を汲み取ってお話ししています。

「聖書やキリスト教の話を聞いてみたい」 というような一般の方々に、ぜひ続けて聴いていただきたい説教シリーズです。ご来会を歓迎いたします。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

教会では、毎週日曜日、午前10:30〜12:00、「主日礼拝」(しゅじつれいはい)を行っています。

主日礼拝とは、神をあがめ、ほめたたえる集会で、教会が最も大切にしている集会です。

主イエス・キリストが復活されたのが、日曜日であったことから、キリスト教会では日曜日を「主の日」(しゅのひ)、「主日」(しゅじつ)と呼び、神を礼拝し、ほめたたえています。

主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)ご参加いただくことができます。

画像教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

毎週10〜15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。
遠慮なく、お気軽にお越しください。
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キリスト教入門講座をしています。

2019/02/07 07:50
教会では、「キリスト教入門講座」をしています。

「キリスト教や聖書について知りたい」 「聖書を読んでみたいけど、一人では難しそうで…」 という方々のためのクラスです。

画像お茶を飲みながら、質問も自由、話が盛り上がって脱線することもしばしばの、まじめですが堅苦しくないクラスです。

クラスは、個人制。1回60分ほど。決まった曜日、日時はありません。受講を希望なさる方と相談して決めています。牧師と牧師夫人が担当します。受講料は無料です。

入門講座には、受講を希望なさる方の興味・関心に合わせたいくつかのコースをご用意しています。
T・U・V・Wは、その順番に従う必要はありません。



「T 私は何のために生きているのか 〜人生の目的を探る旅〜」(全7回)
 キリスト教の人生観を学びます。生きることの意味を考えるクラスです。生きることについて、マジメに考えてみます。



「U あなたはどこにいるのか 〜創世記から学ぶ 神・人間・世界〜」(全8回)
 神について、人間について、そして私たちを取り巻く世界について学びます。古い書物であるにもかかわらず、現代に生きる私たちにも多くのことを考えさせてくれる聖書。このクラスではそうした聖書の魅力を感じることができるでしょう。



「V あなたはイエスを何者だと言うか 〜マルコによる福音書全16章の学び〜」(全16回)
 新約聖書のマルコによる福音書を通して、イエス・キリストに迫ります。彼は何を語り、何をしたのか。一体彼は何者なのか。新約聖書の無料プレゼント版を差し上げます。



「W 私たちが信じていること 〜基本的な教理の学び〜」(全8回)
 キリスト教の基本的な教理を紹介するクラスです。キリスト教徒は何を信じているのか?を知りたい方や、洗礼を考えていらっしゃる方々におすすめのクラスです。



いずれも無料。どなたも歓迎です。お問い合わせはお気軽に。

 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622
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2019年「教会会議」をしました。

2019/01/27 21:25
2019年1月27日(日)午後、年に一度の 「教会会議」 をしました。

画像教会会議とは、昨年度の活動報告と決算、今年度の活動計画と予算を話し合う会議です。

教会の会計は、教会員の献金でまかなわれています。

教会会議では、献げられた献金が教会活動の目的のために適切に使われているかを確認し、またどのように用いていくかを話し合います。

まじめに、しかし堅苦しくなく、何でも質問できる雰囲気で話し合いは進みます。


画像教会の使命、それは福音宣教です。

教会は、福音を宣べ伝えるために存在しています。

それでは、「福音」とは何でしょう。

福音、それは「神が共におられるという『喜びの知らせ』」です。

教会では、主日礼拝、礼典(洗礼と聖餐)、宣教、儀式、信仰教育が行われていますが、これらの働きを通して、世界に福音(喜びの知らせ)を伝えていきたいと願っています。

私たち信者一人ひとりも、この喜びをいつも心に覚えて歩んでいます。

人生いろいろあるけれど、神様が共におられる。
そこに、平安があり、慰めがあり、喜びがあり、
そこから、生きる力や希望、勇気が生まれて来ます。


画像今年の教会標語は、昨年に引き続き、「福音にふさわしい生活」。

「ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。」
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 フィリピの信徒への手紙1章27節a)

という聖書の言葉から取っています。

神が与えてくださる喜びをもって、神を愛し、人を愛し、イエス・キリストの福音を伝えていくという、福音にふさわしい歩みをしていきたいと願っています。
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祝・新成人 祝福のお祈りをいたします。

2019/01/10 20:55
2019年1月14日(月)は、「成人の日」。

おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます日です。

教会でも、成人を迎えられた方々のためのお祈りをしています。

関連テーマ 教会だより・キリスト教Q&A
 「成人式のシーズンです。教会でも成人式をしますか?」

画像富山キリスト教会では、1月の主日礼拝の中で、「新成人祝福」をいたします。

成人を迎えられた方々のために神の祝福を祈り求めます。

主日礼拝…毎週日曜日、午前10:30〜12:00。

信者であるなしにかかわらず、新成人者の方々のためにお祈りさせていただきます。

申込みは必要ありません。教会の礼拝にお越しください。
 礼拝中、あるいは礼拝後にお祈りさせていただきます。
 新成人祝福は、聖書の朗読とお祈りなど含めて、15分ほどです。

祈祷料は必要ありません。

服装も特に決まりはありません。

成人を迎えるにあたり、おごそかに祈り求めるひとときをお持ちになりませんか。

信者であるなしにかかわらず、お気軽にお越しください。
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今日の立山連峰

2019/01/04 19:44
2019年1月4日、今日の立山連峰。快晴です。

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今シーズンは、まだ一度も雪かきをしていません。
気持ち的にも、体力的にも、本当に楽。
あたたかい冬です。

画像

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あけましておめでとうございます。「新年礼拝」をしました。

2019/01/02 00:46
あけましておめでとうございます!

画像みなさまの上に、今年も神の恵みが豊かにありますようにお祈りいたします。

今年もよろしくお願いいたします。

教会では、2019年元日、午前11:00〜12:00、新年礼拝(オープン礼拝)を行いました。

教会の礼拝は、信者であるなしにかかわらず、どなたもご参加いただけます。

今日の新年礼拝でも、教会員のほか、そのご家族がご参加くださったり、帰省中の他県在住信者の方々も参加してくださったりして、笑顔に包まれたほっこりうれしい礼拝となりました。

画像新年にふさわしい賛美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、この1年が神に守られ、祝福されるように、心を合わせて祈りました。

聖書のお話では、テサロニケの信徒への手紙 一 2章13節から、
「生きて働く神の言葉」というお話をしました。


「このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。

なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。

事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているからです。」

 (日本聖書協会『聖書 新共同訳』 テサロニケの信徒への手紙 一 2章13節)


1. 不思議な体験

今日は、私が昨年体験した、「ちょっと不思議な体験」をお話ししてみたいと思います。

牧師には、自分の仕える教会がありますから、他の教会の主日礼拝に出席するという機会は、講師として呼ばれることでもない限り、なかなかないのではないかと思います。私もそういう機会はなく過ごしてきました。

ところが、昨年、あることがきっかけで、別の教会の主日礼拝に出席する機会を得ました。講師としてではありません。一信者としてです。

普段は礼拝を司式し、説教を語る務めを果たしていますが、久しぶりに、会衆席に座り、説教を聴くことができました。

不思議だったのは、それが「向こう側の世界からの声」に聞こえたことでした。

目の前にいる牧師が語っているのだけれど、それがさらにその向こうから聞こえてくる感覚。向こう側の世界から、神が語りかけてくださっているという感覚。

普段、語る側にいるばかりの私でしたので、これは本当に新鮮で、不思議な感動と喜びが心に残りました。

寒い冬でしたが、教会から帰る途中、私の心は、何かこう不思議にあたたかいものに満たされていました。

実は、そのとき、「さて、これからどうしたものか」という心配を一つ抱えていたのですが、それも、「神が共にいてくださる」という平安に変わっていました。


2. 説教とは何か

この体験を通して、私は、「説教とは何か」ということを改めて考えてみました。

「説教とは何か」
 「説教を聴くとはどういうことか」
  「説教を語るとはどういうことか」

ここで説教学の本を開いて、その定義を述べようとは思っていません。私が体験したことを通して、ちょっと考えてみたのです。

「向こう側からの声」

私には、そう感じられました。

 というか、説教とは、本来、そういうものであるはずだ。
 神は、私たちの住む世界を超越した向こう側におられる。
 しかし、その神が私たちに語りかけ、
 それが説教となって、地に住む私たちの心に響く。

 説教とは、そして礼拝とは、
 地に住む私たちが超越者である神と出会う場なのだ。

と、そのようなことを考えたのでした。


次に、これまた機会を得て、別の二つの教会の主日礼拝に出席しました。

ここでも感じたのは、「向こう側からの声」でした。

私は、こう考えました。


 どんなスタイルや雰囲気であれ、
 そこに「向こう側からの声」が聞こえてくる。
 それが説教なのではないか。

 説教の内容はもちろん、
 説教を聴くという体験そのものが、
 神と出会う、神と向き合うことなのだ。

 そして、その体験が、
 私たちに「生きる力」を与えてくれるのである。


3. 神の言葉は、私たちの中に生きて働く

人が語っているのだけれど、その向こう側に神がおられて、神が語っておられる。

そして、その神の言葉によって、生きる力が与えられる。

はじめにお読みした聖書の箇所は、使徒パウロがテサロニケの信徒に宛てて書いた手紙の一部です。

テサロニケの信徒たちは、苦しみの中にありました。しかし、その苦しみの中にあっても、彼らは失望せず、落胆せず、喜びを失わずに生きていました。なぜ、そうした生き方ができたのでしょう。

パウロは言います。
「それは、あなたがたの中に、神の言葉が生きて働いているからだ。」

「わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。
事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものなのです。」

パウロやテサロニケの信徒たちが体験していたことを、実は、私たちも、今、体験しているのではないでしょうか。

キリストを信じたからと言って、何も問題のない人生を送れるわけではありません。

しかし、どのような中にあっても、神の言葉(福音、聖書の言葉)を聴くときに、不思議にも私たちの心の中に、慰めや平安、生きる希望や勇気が湧いてくる。

神の言葉は、私たちの中に生きて働くのです。

神は、今日も、私たちに語っておられます。

その御声に耳を傾けつつ、この一年も歩みましょう。


というお話をしました。


毎週10〜15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。
信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
小さなお子様連れも、ご高齢の方も、大歓迎です。

※お気軽にお問い合わせください。
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。
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初詣は教会へ!

2018/12/26 08:09
2019年元日には、「新年礼拝」があります。

画像新年の始まりに、神の祝福を祈り求める礼拝です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。


画像神の前に厳かに立ち、賛美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、新年の祝福を祈り求めます。

 日時 2019年1月1日(火)
             午前11:00〜12:00
 場所 富山キリスト教会
 入場無料です。

初詣は、ぜひ教会の新年礼拝にお越しください。

※お問い合わせは…
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。
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「キャンドルサービスU」をしました。

2018/12/25 22:18
2018年12月23日(日)午後7:00〜8:30、キャンドルサービスUを行いました。

クリスマスの賛美歌を歌い、聖書から救い主イエス・キリストの誕生の出来事をお話ししました。

画像画像


画像聖書の話のタイトルは、
 「神を求める心」

マタイによる福音書2章1〜12節から、お話ししました。

(聖書は、「日本聖書協会」のウェブサイト、「聖書本文検索」でお読みになることができます。)


「You は何しに日本へ?」というテレビ番組があります。日本にやって来た外国人に、「Why did you come to Japan ?」、「あなたは何をしに日本に来たのですか?」とマイクを向けて、おもしろそうな外国人に密着して彼らの様子を紹介するバラエティ番組です。

タイトルがおもしろい。「You は何しに日本へ?」
この人は、どこの国から、何をしにやって来たのか?
興味がそそられますよね。
そこには、一人ひとりのちょっとした物語があるのだと思うのです。

ただいまお読みした聖書の箇所は、今から約2,000年前、イエスがお生まれになったときに、占星術の学者たちが東の国からやって来た、というお話です。

都エルサレム、そしてベツレヘムは、東方からの思わぬ珍客を迎えたわけです。
それこそ、「You は何しにユダヤまで?」ですよね。

今日は、この占星術の学者たちのことをお話しさせていただきたいと思います。

タイトルは、「神を求める心」です。

いつものように、三つのことをお話しします。


1. 彼らは、星を見て出発した。

画像
彼らは、「占星術の学者たち」でした。

占星術とは、星占いのことです。地上の出来事は、天体の動きによって影響を受ける、というのがその考え方です。

天体の動きには法則性があります。四季の移り変わりはそうした天体の動きによるものですから、それをよく観察して、農業などに活かすということがまずあったでしょう。その意味では、彼らは天文学者のような存在です。

また、天体の動きが、国や個人の運命にも影響を及ぼすと考えられていました。その意味では、彼らはまさに占い師であり、予言者であり、宗教儀式を執り行う祭司のような存在であったと思われます。

毎晩、星を観察するのが、彼らの仕事でした。

彼らは、「東の方から」やって来たとあります。
どこの国かは、よくわかっていません。ユダヤの東の方角には、チグリス・ユーフラテス川が流れるメソポタミア地方があります。この地域は古くから文明が栄え、天文学や占星術が盛んに行われていました。ですから、彼らは、このメソポタミア地方から来たのではないかと考えられています。あるいは、さらに東からかもしれません。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」

東方から来た彼らは、ユダヤ人ではありません。ユダヤ人ではない彼らが、ユダヤ人の王として生まれた方を拝みに来たとは、いったい、どういうわけでしょう。

これには、世界史で習う「バビロン捕囚」という出来事が関係しています。
イエスの誕生からおよそ500年ほど前、メソポタミア地方にあった新バビロニア帝国が勢力を拡大し、ユダヤもこれに支配されます。このとき、多くのユダヤ人が捕えられ、バビロンに連行されていきました。これが「バビロン捕囚」です。

約50年後、新バビロニア帝国は、アケメネス朝ペルシアによって滅ぼされるのですが、これによって、バビロンに連行されていた人々も解放されることになりました。

多くはユダヤに戻ったのですが、バビロン周辺に残った人たちも多くいました。そうした彼らによって、「ユダヤ人の信仰」が東方の人々にも伝わっていたようなのです。

ユダヤ人の信仰として、この場面で重要と思われるのは、おおざっぱに言って、次の二つかと思います。

ひとつは、「神は、ユダヤ人を救うために、やがてユダヤ人の王、救い主をお遣わしになる。」

もう一つは、「ユダヤ人の神は、ひとりユダヤ人の神ではなく、全世界の神である。」

占星術の学者たちは、ユダヤ人ではありませんでしたが、ユダヤ人の信仰に触れ、信じてもいたのでしょう。

だから、「東方でその方の星を見た」とき、彼らは「拝みに来た」のです。

距離にすると、1,000q以上の旅になります。簡単に行ける距離ではありません。多くの犠牲を払う覚悟が必要とされます。危険も伴うはずです。

しかし、それでも、彼らは「行こう」と思った。
安定した生活から飛び出すことになっても、しかし、それでも彼らは行こうと思った。

なぜでしょう。
ユダヤ人の王としてお生まれになった方を、どうしても拝みたいと思ったからです。

「その方を拝みに来たのです。」
この言葉に、彼らの 「神を求める心」 が表れています。


みなさんは、「神を求める心」をお持ちでしょうか。

神を求めるというのは、ご利益を求めるのとは、ちがいます。

神仏にご利益を求める。そういうことは、人として当然あると思います。

しかし、ご利益さえ得られるなら、べつにどの神様でもかまわない、ということになると、その人が求めているのは、まさしくご利益なのであって、神ではありません。

神を求めるというのは、ご利益を求めるのとはちがって、「神様というお方を知りたい」、「その神を信じる者になりたい。そのお方を拝みたい(礼拝したい)」ということなんですね。

私は、小学4年生のときに、父を病気で失いました。父を助けてほしいと、それこそ神仏に祈りましたが、神様がどこにおられる、どのようなお方かがわかりませんでした。祈りに手応えを感ずることができませんでした。

父を失い、思春期に入って、死ぬこと、生きること、大人になることなど、いろいろと悩み始める中で、「もし神様がおられるのなら、そのお方のことを知りたい。生きていく上での支えがほしい」と思うようになりました。

占星術の学者たちにも、彼らの人生があって、その中で「神を求める心」が生まれたのではないでしょうか。そして、その方の星を見たときに、「拝みに行きたい、拝みに行こう」と思った。

彼らが星を見て出発したのは、彼らの中に、「神を求める心」があったからです。


2. 彼らは、星に導かれた。

星を見て出発した彼らが向かった先は、ユダヤの都エルサレムでした。生まれた方はユダヤ人の王となるお方なのですから、都エルサレムに向かうのは、当然と言えば当然です。

ここで、ユダヤを治めていたヘロデ王とのやり取りが出て来ます。これはこれで大変重要な場面なのですが、今日は先を急ぎます。

占星術の学者たちは、「王となる方が生まれた場所は、ベツレヘム」と聞かされ、都エルサレムをあとにします。

画像すると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まりました。

学者たちは、その星を見て喜びにあふれます。

家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられ、彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げたのでした。


彼らを導いたこの星は、いったい何だったのか。
神の奇蹟か。それとも天文学的に説明できる自然現象か。

いずれにせよ、彼らがこれを不思議な星としてとらえ、この星が私たちを導いてくれたのだと受け止めているところが大切です。

ここから言えること、それは、「神は、神を求める者たちを、ご自身のもとに、必ず導いてくださる」ということです。

学者たちは、ユダヤ人ではない異邦人で、それもユダヤから遠く離れた地に住んでいる人たちでした。

しかし、どこの国の人であっても、どんなに遠く離れた所に住む人でも、神は、神を求める人々を決してお忘れにはならない。神は、神を求める人々を必ず導いてくださる。それがこのお話の中で大切なことなのです。

私もそうでした。中学3年生のとき、たまたま読んでいた音楽雑誌に、教会の賛美歌のことが載っていて、「ああ、教会に行って賛美歌を聴いてみたいな」と思いました。

それがきっかけで教会に行くようになり、聖書を読み、イエス・キリストについて知り、神を信じるようになりました。

今思えば、あの音楽雑誌を手にとって、あのページを開いたことこそ、私に対する神の導きだったのではないか、と思うのです。

「いつか神様のことがわかるようになりたい。」
神を求めていた私のために、神は星を光らせて、ご自分のもとに導いてくださった。私には、そのように思えるのです。

神は、神を求める人々を、ご自分のもとに、必ず導いてくださいます。


3. 彼らは、自分たちの国へ帰って行った。

ユダヤ人の王としてお生まれになった方を探し当て、その幼子の前にひれ伏し、贈り物を献げると、彼らは自分たちの国へと帰って行きました。

その後の彼らのことは、聖書には出て来ません。
無事帰り着くことができたかどうか。帰った後、彼らはどのように生きたのか。それはまったくわかりません。いずれにせよ、彼らは自分たちの生活に戻って行ったのです。

しかし、もはや彼らは以前の彼らではありませんでした。
救い主にお会いし、拝むことができたという「喜びを持って生きる者」となったのです。

これは想像ですが、自分たちの国に帰るその旅の途中、多くの旅人がそうであるように、彼らもいろいろな人に出会い、聞かれたと思うのです。

「どこから来たのですか。どこへ行くのですか。そこへ何しに行ったのですか。」

「私たちは、ユダヤのベツレヘムに行って来ました。今は、自分たちの国に帰る途中です。ユダヤまで行って、ユダヤ人の王、世界の救い主としてお生まれになった方を拝んできたのです。」

なぜ、ユダヤまで行こうと思ったのか。
どうやって、幼子のところにたどり着いたのか。
幼子を拝むことができて、どんなにうれしかったか。

彼らは、そういうことを人々に話して聞かせたのではないかと思うのです。

自分たちの国にたどり着いても、それは同じことだったでしょう。
救い主を拝むことができた喜び。彼らは、その喜びを、人々に語り伝えながら、その後の人生を生きたのだと思うのです。

理解してもらえないこともあったと思いますが、彼らの話を聞いて、神を求め始めた人たちもいたことでしょう。いずれにせよ、彼らは彼らが体験したこと、そして彼らが得た喜びを、人々に語り続けたのではないかと思います。

私も同じです。神を知り、神を信じることができた喜びは、私にとって他の何にも代えがたいものでした。

大学を卒業して、一度は公務員になりましたが、神様のことを伝える人になりたくて、それで仕事を辞めて牧師になる道を選びました。

周囲の人々は、「せっかく難しい試験に合格して公務員になったのに、それを辞めるだなんて…」、「どうして、そんな不安定な人生に飛び込もうとするのか」など、私のことを心配してくれました。

でもですね……、そうしたかったんですよ、私は。
神が与えてくださるその喜びを伝えたかった。

もちろん、信者になった人たちが、全員牧師になるわけではありません。でも、牧師になるならないにかかわらず、神が与えてくださる同じ喜びが、私たち信者みんなの中にあるのです。

神を求めていた学者たちが、不思議な方法で救い主に導かれ、喜びを持って生きるようになった。

私たちも、神を信じる喜びを持って、人生を歩んでいます。


さて、みなさん。

今日お読みした聖書のお話は、昔々のお話ですが、学者たちを導いた神様は、今も生きておられます。その意味では、聖書のこのお話は、私たちのための物語でもあるのです。

私は思うのですが、みなさんが今日、この場におられること自体が、神の導きなのではないでしょうか。神様は、みなさんを導く星を、みなさんお一人ひとりの上に輝かせておられます。

そうした星の輝き、神の導きに気づき、「そうだ、私も神を知る者となりたい」と、「神を求める心」を持つとき、みなさんにとっての 「神を求める旅」 が始まるのではないでしょうか。


というお話をしました。


画像毎週10〜15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。お気軽に礼拝にお越しください。


元日には、「新年礼拝」があります!
 日時 2019年1月1日(火) 午前11:00〜12:00
 場所 富山キリスト教会
 入場無料です。
信者であるなしにかかわらず、どなたもご参加いただけます。
初詣も、ぜひ教会にお越しください!

お問い合わせは…
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。
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プレゼントがもらえるのは、な〜ぜ?

2018/12/22 14:19
牧師は、平日は富山市内の私立保育園で用務員をしています。

キリスト教系の保育園ではないのですが、「佐野さん、牧師さんだから」ということで、園のクリスマス会のお話をするように言われて、今年で4年目。

先日のクリスマス会では、こどもたちに、こんなお話を聞いてもらいました。


保育園クリスマス会のお話
 「プレゼントがもらえるのは、な〜ぜ?」

今年もこうして、みなさんにクリスマスのお話をすることができて、本当にうれしく思っています。

画像今日はね、

「プレゼントがもらえるのは、な〜ぜ?」
っていうお話をしたいと思います。

みなさんは、クリスマスが何の日か、知っていますか?
(子)「サンタさんからプレゼントをもらう日!」

そうだね。
でもね、クリスマスはね、実は、 「ある人」 のお誕生をお祝いする日なんだよ。

さあ、いったい 「だれの」 お誕生をお祝いする日でしょう?
(子)「サンタさん!」 「トナカイ!」

画像
正解は、「イエス・キリスト」。

クリスマスは、イエスさまのお誕生をお祝いする日なんです。

「イエスさま、お誕生、おめでとう!」
それがクリスマスなんだね。


あれっ?そうしたら、どうして、みんながプレゼントをもらえるの?

だって、クリスマスは、イエスさまのお誕生をお祝いする日でしょう。
みんなの誕生日じゃないよね。

イエスさまのお誕生をお祝いする日なのに、どうしてみんながプレゼントをもらえるの?
不思議だとは思いませんか?


実はね、イエスさまという方は、とっても優しい人でね、
病気の人を治したり、困っている人を助けたりした人なんだよ。

自分のことよりも、みんなのことを考えて、みんなを幸せにするために生きた人でした。

イエスさまはね、こうおっしゃったんだよ。
「受けるよりも、与える方が幸いである。」

これはね、「もらうよりも、あげるほうがうれしいよ」ってこと。

プレゼントをもらうのはうれしいことだけど、
もらうばっかりじゃなくて、
自分もだれか周りの人を幸せにするために、
何かプレゼントができたなら、その方がもっとうれしくなるよってこと。

周りの人を幸せにしたいと思う気持ち、それを 「愛」 といいます。

イエスさまは、プレゼントをもらうより、それをみんなといっしょに分け合いたいな、みんなにも喜んでもらいたいなって思っているんだろうね。

画像サンタさんも同じです。

サンタさんも、みんなに幸せになってもらいたいなって思っています。

だから、世界中のこどもたちにプレゼントを配っているんだね。

プレゼントには、みんなのことを思う優しい気持ち、愛がいっぱいこもっています。

だから、プレゼントをもらったときには、その気持ちに応えて、「ありがとう」って言いましょう。

そして、いつかみんなも、周りの人を幸せにするために、心のこもったプレゼントをあげる人になってください。
(子)「はい!」

どうもありがとう。
さあ、それでは、先生のお話はここまでにして、次のお楽しみに移りましょう。

(クリスマスのお話、ここまで)
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

クリスマスは、こどもたちにとって、プレゼントをもらえるうれしい日!

でも、もらうことばっかり、もっと言うと、もらった「モノ」ばっかりに目を留めて、それでおわりだとしたら、ちょっとさびしい気がします。

プレゼントを贈る人、プレゼントをもらう人、それぞれの心が通じ合うとき、そこに「あたたかい」何かが生まれるのだと思うのです。

「そういうことがわかる人になってもらえたら、うれしいな」という思いをもって、こどもたちに関わっています。

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「キャンドルサービスT」をしました。

2018/12/17 21:18
2018年12月16日(日)午後7:00〜8:30、キャンドルサービスTを行いました。

ろうそくの明かりの中、クリスマスの賛美歌を歌い、聖書の話に耳を傾けました。

画像画像

聖書の話のタイトルは、「神を求める心」

マタイによる福音書2章1〜12節からお話をしました。


「Youは何しに日本へ?」というテレビ番組があります。富山ではチューリップテレビで放送されているようです。
私は見たことはないのですが、ご覧になったことがある方、いらっしゃいますか?

タイトルから想像するに、日本にやって来た外国人に、「Youは何しに日本へ?」、「あなたは何をしに日本に来たのですか?」とマイクを向け、おもしろそうな外国人を紹介するバラエティなのだろうなと思います。合っていますか?

タイトルがおもしろいですよね。この人は、どこの国から、何をしにやって来たのか。興味がそそられます。そこには一人ひとりのちょっとした物語があるのだと思います。

ただいまお読みした聖書の箇所は、今から約2,000年前、イエスがお生まれになったときに、占星術の学者たちが東の国からやって来たというお話です。

それこそ、「Youは何しにユダヤまで?」ですよね。
今日は、この占星術の学者たちのことをお話ししてみたいと思います。

画像ということで、
 彼らはどこから、何をしに来たのか。
 その理由は何か。
というようなことを、お話ししました。

このお話は、次週12月23日(日)午後7時からのキャンドルサービスUでもいたしますので、よろしければ、ぜひキャンドルサービスUに足をお運びください。

教会員以外にも、教会のクリスマスに毎年いらしてくださっている方々がおられます。久しぶりの方、初めての方もいらっしゃいました。ほんとうにうれしく、ありがたく存じております。楽しくおしゃべりしながら、みんなで教会ならではのクリスマスを過ごしました。

ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。

肩肘張らない素朴な教会です。
小さなお子さん連れも、シニアの方も歓迎いたします。
どなたも、お気軽にお越しください。

 富山キリスト教会
  富山市上堀南町66-2
  電話&FAX 076-491-4622
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2018 クリスマス・イベントのお知らせ

2018/12/13 08:00
2018年の富山キリスト教会クリスマス・イベントをお知らせします。
            ※画像をクリックして、拡大してご覧ください。

画像

 こころなごむ賛美歌
   神への祈り
      聖書からのクリスマス・メッセージ
         クリスマスには 教会へ!


「キャンドルサービス T」
  12月16日(日)午後7:00〜8:30
   入場無料

「クリスマス主日礼拝」
  12月23日(日)午前10:30〜12:00
   入場無料

「キャンドルサービス U」
  12月23日(日)午後7:00〜8:30
   入場無料

会場は、すべて富山キリスト教会です。
キャンドルサービスのTとUは、同じ内容・プログラムです。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
お子さん連れも歓迎です。
今年のクリスマスはぜひ教会へ!


◇2017年のクリスマスの様子は、こちら(それぞれの集会名をクリックしてください)。
 ◇「キャンドルサービスT」
 ◇「キャンドルサービスU」
 ◇「クリスマス主日礼拝」


「主日礼拝」(毎週日曜日 午前10:30〜12:00)
 こちらにもぜひお越しください。信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。お子さん連れも歓迎です。


お問い合わせは、お気軽に!
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。


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「クリスマスこども会」をしました。

2018/12/10 19:51
2018年12月9日(日)午後1:30〜3:00、クリスマスこども会をしました。
内容は、ゲーム、クリスマス紙芝居、おもしろ工作、おやつタイム。

画像こちらはゲームの「お菓子釣り」。

うまくたくさん釣れたかな?

画像こちらはクリスマスの紙芝居。
「クリスマスって何の日?」と聞けば、「サンタさんからプレゼントもらう日!」との答え。

うん、まあ、そうなんだけどね。

ということで、今回は紙芝居を通して、「クリスマスは、イエス・キリストのお誕生をお祝いする日なんだよ」ということをお話ししました。

おもしろ工作は、「(帽子にもなる)クリスマスツリー!」。

画像画用紙で作ったクリスマスツリーに、クリスマスのイラストを切り貼りしていきます。

お部屋に飾るとこんな感じ。

画像「ぼくがサンタさんにおねがいしたものはねえ…」

なんて話をしながらの工作タイム。

このまったりした時間が、しあわせ。

画像かぶってみると、こんな感じ。

太い毛糸とストローであごひもをつけてあります。

おやつタイムも、みんなでお話ししながら楽しく過ごしました。

牧師は、保育園用務員(保育士資格、幼稚園教諭免許アリ)で、放課後児童支援員歴は13年になります。こどもたちを笑わせるのが大好き。

牧師夫人も20年近くの経験を持つ現役保育教諭です。子育てママたちの頼れる味方。

「親子サロン」、「こども会」、「ママ会」をとおして、こどもたちを祈って育む子育ての輪を広げていけたらいいなと思っています。参加者のほとんどは、信者ではない一般の方々です。

3集会とも不定期で行っています。
参加ご希望の方は、まずはお気軽に教会までお電話ください。

富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622
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