2021年「教会会議」をしました。

2021年1月24日(日)主日礼拝後、年に一度の 「教会会議」 をしました。

s-j0400158.jpg教会会議とは、昨年度の活動報告と決算、今年度の活動計画と予算を話し合う会議です。

今年は、新型コロナ禍のもとでの教会会議となりました。
例年、昼食後に、時間をかけて話し合うのですが、
今年は、主日礼拝後すぐに、時間を短縮して開催しました。

昨年20年度の「教会活動報告、活動日誌」では、
「○○の会(中止)」、「△△集会(中止)」など、
「中止」という言葉が多く並びました。

「共に集う」ということの意味を深く考えさせられる一年でした。


s-man-3744997_1920.jpg今年の教会標語は、昨年に引き続き、
「この道を歩く」


「(都に上る歌)
目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
わたしの助けはどこから来るのか。
わたしの助けは来る。
天地を造られた主のもとから。」

(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 詩編121篇1~2節)


詩編121篇は、「都に上る歌」、「巡礼歌」です。
人生は旅。
私たち信者にとって、それは天の御国をめざしての巡礼の旅です。

長い旅路では、いろいろなことが起こります。
歩むに心地よい道もあれば、険しい道もあります。

今回、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」という厳しい道を歩むことになったわけですが、しかし、その旅路の中にも、主は共にいてくださいます。

どのようなときにも、私たちのことを見守っていてくださる主を信じて、今年も「この道」(信仰の道)を共に歩んで行こうと話し合いました。

教会にいらしてみませんか?

私たちの教会は、富山市内にあるプロテスタントの教会です。

s-55213_s.jpg「教会に行ってみたい」
「キリスト教や聖書の話を聞いてみたい」
「礼拝をのぞいてみたい」
  という方々を歓迎いたします。

あなたも教会にいらしてみませんか?
どなたもお気軽にお越しください。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。

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富山キリスト教会
 1.教会案内
 2.礼拝案内・集会案内
 3.教会地図
 4.牧師紹介
 5.はじめての方へ~よくあるご質問~
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「よくある質問」 は、こちらでお答えしています。

   → 「はじめての方へ~よくあるご質問~」


富山キリスト教会は・・・

◇プロテスタントの教会です。

◇礼拝は、毎週日曜日 午前10:30~12:00 に行われています。

◇礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、
 聖書の話を聞き、祈りをささげます。

◇聖書は、貸出用がございます。

◇礼拝での献金は、信者が神にささげるものですので、
 信者でない方はなさる必要はありません。ご安心ください。

◇礼拝には、毎週10~15人ほどが集っています。

◇礼拝の雰囲気は、堅苦しくありません。
 教会の雰囲気は、おだやかな雰囲気です。

◇礼拝後は、すぐにお帰りになられてもかまいませんし、
 お茶を飲みながら牧師や信者と気軽に話をすることもできます。
 (現在は、感染拡大防止のため、教会内での飲食は控えています。)

◇牧師は、平日は認定こども園で用務員として働いています。
 保育教諭、放課後児童支援員。社会福祉士。
◇牧師夫人も、認定こども園で保育教諭として働いています。
 乳児保育の経験が豊富です。

◇教会では、「聖書を読む会」、「キリスト教入門講座」などもしていますので、興味関心のある方はお気軽にお尋ねください。


富山キリスト教会  牧師 佐野兼司

〒939-8062 富山市上堀南町66-2
Tel&Fax 076-491-4622

お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

 または、当ブログのPC版表示「左サイドバー」の
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明日の主日礼拝は通常どおり行います。

明日1月17日(日)の主日礼拝は、通常どおりに行います。

午前9時30分からのバイブルクラス(入門講座)も、通常どおり行います。

s-snowflake-1127557_1280.jpg駐車場には、まだ雪が残っている部分があり、スペースに限りがあります。

教会員以外の方で、お車で来会予定の方は、事前に教会までご連絡いただけると助かります。

教会付近の道路は、除雪され、舗装路面になっています。

ただ、除雪された雪で、道路幅が狭くなっている箇所もありますので、すれ違い等に気をつけてお越しください。

主日礼拝会 休会のお知らせ

記録的大雪のため、 

 明日1月10日(日)の「主日礼拝会」を、 休会 といたします。


教会員以外の方で、明日10日(日)に当教会に来会予定の方は、誠に申し訳ございませんが、休会とさせていただきますので、ご理解いただきたく存じます。

教会員は、在宅分散礼拝となります。


s-snowflake-1127557_1280.jpg外出は危険な状況です。

富山市内の積雪は例年になく多く、路面状況も悪くなっています。
※富山市で積雪が35年ぶりに100センチを超えるなど、記録的な大雪となっています。


教会前の道路では積雪による路面状況の悪化で、スタック(立ち往生)が頻発しています。

教会駐車場も、降り続く大雪のため、除雪が追いつかず、駐車スペースがありません。


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あけましておめでとうございます。「新年礼拝」をしました。

あけましておめでとうございます。

画像みなさまの上に、今年も神の恵みが豊かにありますようにお祈りいたします。

今年もよろしくお願いいたします。

教会では、2021年元日、午前11:00~12:00、新年礼拝(オープン礼拝)を行いました。

教会の礼拝は、信者であるなしにかかわらず、どなたもご参加いただけます。

毎年の新年礼拝では、富山県に帰省なさった他県在住信者の方々がご参加くださって、新年と再会を喜ぶ礼拝となるのですが、今年は、さすがに他県在住信者の方の参加はありませんでした。

おそらく帰省なさらずに、Stay Homeなさっておられるのではないでしょうか。新型コロナが早く収まり、安心して旅行できるようになって、また再会できる日が来ることを心待ちにしています。

新年礼拝では、新年にふさわしい賛美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、この一年が神に守られ、祝福されるように、心を合わせて祈りました。

聖書のお話では、
マタイによる福音書 12章33~37節から、
「良いものを入れた倉から良いものを取り出そう」というお話をしました。

「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる。蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである。善い人は、良いものを入れた倉から良いものを取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉から悪いものを取り出してくる。言っておくが、人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる。あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる。」

 (日本聖書協会『聖書 新共同訳』 マタイによる福音書 12章33~37節)


1. 蝮(まむし)の子らよ ~背景の説明~

ただいまお読みした箇所には、「蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである」とありました。

私たち人間は、しばしば言葉で失敗をします。
ですから、この聖書の言葉を読むと、何か、ドキッとする部分があるかもしれません。
しかし、ここで言われていることは、そういうこととはちょっと違うことのようです。

イエスが「蝮の子らよ」と呼んでいるのは、いったいだれのことなのか…。
まずは、それを正しく理解することが必要です。

ここでイエスが「蝮の子らよ」と呼んでいるのは、直前のエピソード「ベルゼブル論争」(マタイ12章22~32節)に出てきた、ファリサイ派の人々のことを言っています。

悪霊に取りつかれて目が見えず口の利けない人がいました。

イエスが彼をいやされると、彼は、ものが言え、目が見えるようになりました。

群衆は皆驚いて、「この人はダビデの子ではないだろうか」と言いました。
ダビデの子とは、イスラエルを救うために現れると彼らが信じ期待していた救い主のことです。

ところが、これを聞いていたファリサイ派の人々がこう言ったのです。
「悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない。」

イエスは、彼らの考えを見抜き、反論を開始します。

この反論部分については、今日は省略しますが、ここでイエスが、彼らの考えをどう見抜いたのかを考えてみましょう。

悪霊に取りつかれていた人をいやすというイエスの力は、イエスご自身が反論なさるように、神の霊、聖霊によるものです。

しかし彼らは、それを悪霊の頭ベルゼブルによるものだと言って、イエスを貶めようとします。

彼らは、イエスが何を語っても何をしても、イエスのことを否定しようと、あらかじめ心の中で決めています。

心をニュートラルにして、まずはイエスの語ることを聞いてみよう、彼のすることを見てみよう。その上で、彼のことを判断しよう。
彼らの心の中には、そういう態度がありません。

イエスが見抜いたのは、そういう彼らの心、心の態度であったのです。

そこでイエスは、「蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである」と言ったのです。

ですから、ここで言われているのは、「つい言ってしまった」というような言葉の上での失敗のことではなくて、イエスを貶めようとする明確な意図を持った言葉のことなんですね。

もう少し言うと、言葉というよりは、
その言葉があふれてきた「心」が問題とされているのです。


2. 人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである

そうしたことを踏まえたうえで、私たちが語る言葉について考えてみましょう。

端的に言います。
人を観察していても、また自分自身の心を観察しても言えることですが、

悪い言葉は、悪い心から出て来ます。そして、悪い言葉は、人を傷つけ苦しめます。

良い言葉は、善い心から出て来ます。そして、良い言葉は、人を慰め、励まし、勇気を与えます。

ですから、私たちは、自分自身の「心」をよくよく吟味する必要があります。


3. 良いものを入れた倉から良いものを取り出す

とはいうものの、自分自身の心をよく吟味するときに、私たちは、自分の心が決して「善い心」といえるものではないことに気がつきます。

私は善い心の持ち主です、と言える人はおそらくいないんじゃないでしょうか。

どうしたらいいんでしょう……。

一つには、善い心を持つように努め、良い言葉をたくさん心に収める努力をするということが考えられるでしょう。

でも、一番いいのは、心の中に「善いお方」をお迎えすることです。

善いお方?
そうです、イエス・キリストです。

イエス・キリストを信じ、心の中にお迎えするとき、彼の言葉が私たちの心を満たすようになります。

イエスは語ります。
「恐れるな」「わたしはあなたと共にいる」「神を信じなさい」「神を愛しなさい」「人を愛しなさい」「赦しなさい」………

やがて、人を慰め、励まし、勇気づける彼の言葉が、心にあふれ、私たちの口からも出て来るようになる。

そして、そのことで、私たちの周りにいるだれかを慰め、励まし、勇気づけることができるようになる。

そうなったらいいなと思いますし、そういう人になれたらいいなと思うのです。

私たちは不完全な者ですが、神が共にいて、そういう私たちを助けてくださいます。

だから、この一年も、イエスを心にお迎えして、彼の言葉で心を満たし、彼の言葉を自分の言葉とし、彼の生き方を自分の生き方としていく者となりましょう。

…というようなお話をしました。


毎週10~15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。
信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
小さなお子様連れも、ご高齢の方も、大歓迎です。

お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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新年礼拝のご案内

2021年元日には、「新年礼拝」があります。

画像新年の始まりに、神の祝福を祈り求める礼拝です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。


画像神の前に厳かに立ち、賛美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、新年の祝福を祈り求めます。

日時 2021年1月1日(金)午前11:00~12:00
場所 富山キリスト教会
 
入場無料です。

ぜひ教会の新年礼拝にお越しください。


お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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クリスマスイヴ祈り会

2020年12月24日(木)午後8:00~9:00、「クリスマスイヴ祈り会」をしました。

s-christmas-3882218_1920.jpgちなみに、クリスマスイヴとは、「クリスマスの前夜」という意味ではなく、「クリスマス(当日)の夜」を意味します。

※写真はイメージです。

というのは、ユダヤの暦では、一日は日没から始まるからなんですね。
クリスマスの一日は、私たちでいう24日の日没から25日の日没までなのです。ということは、25日の夜は、もうクリスマスの翌日ってことなんですね。

世界中の多くの教会では、24日のクリスマスの夜に、キャンドルサービスが行われています。

新型コロナ禍の今年は、参列者数を制限したり、オンラインでキャンドルサービスを配信したりするところが多いようです。


私たちの教会では、今年はできませんでしたが、一般の方々にも開かれたキャンドルサービスを、みなさんが集まりやすい土曜日、日曜日の夜に設定し、クリスマスイヴは教会員向けのキャンドルサービスにしています。

小さな教会ですし、今年は新型コロナ禍ということもあって、数人のこぢんまりしたキャンドルサービスとなりました。

ろうそくの明かりの中、クリスマスにちなんだ聖書箇所の朗読とクリスマスの賛美歌を織り交ぜながら、主イエス・キリストの誕生を祝います。

同じ主を信じる者たちが、クリスマスの喜びをしみじみと味わいました。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 ヨハネによる福音書3章16節)

明るくしてくれて、ありがとう!

牧師は、平日は富山市内の私立保育園で用務員をしています。

キリスト教系の保育園ではないのですが、「佐野さん、牧師さんだから」ということで、園のクリスマス会のお話をするように言われて、今年で6年目。

今日のクリスマス会では、こどもたちに、こんなお話を聞いてもらいました。


保育園クリスマス会のお話
 「明るくしてくれて、ありがとう!」

今年もこうして、みなさんにクリスマスのお話をすることができて、本当にうれしく思っています。

s-bokeh-4616327_1920.jpg今日はね、

「明るくしてくれて、ありがとう!」

っていうお話をしたいと思います。

みんなも知っていると思うけど、今年は「新型コロナウイルス感染症」という病気が広がって、大変な一年でした。

病気にかからないように、大人の人たちはマスクをしたり、消毒をしたり、お出かけもちょっと我慢したり。
保育園でも楽しみにしていた行事ができなくなったりしましたね。
気持ちが暗~くなることが多い一年でした。

先生も、気持ちが暗~くなることがよくありました。
でもね、毎日、保育園に来て、みんなと一緒にいると、不思議と心の中が明るくなりました。

みんなと一緒にいるだけで、心が明るくなる、元気になる。
なんでだろう、不思議だな~って思います。
きっと、みんなには、人の心を明るくする不思議な力があるんだね。

だから、今日はね、みんなに、「ありがとう」って言いたいんです。「先生の心を明るくしてくれてありがとう」って。

みんなの「ニコニコ笑顔」を見ていると、先生の心は明るくなります。
みんなの「元気な姿」を見ていると、先生の心は明るくなります。
そして、みんなが「仲良く遊んでいる姿」を見ると、先生の心は明るくなります。

s-christmas-3751408_1920.jpgみんなのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、そして保育園の先生たちみんなも同じ気持ちだと思います。

みんながいてくれるだけで、周りの人たちの心は明るくなります。
だから、生まれて来てくれてありがとう!
一緒にいてくれてありがとう!
保育園に来てくれてありがとう!
この世界を明るくしてくれて、ありがとう!

きみたちは、この「クリスマスの光」(キャンドルライト)のように、周りの人たちの心を明るくする、不思議な力を持っています。
だから、これからも、ニコニコ笑顔で、元気に、仲良く過ごしてください。
明るくしてくれて、ありがとう!

さあ、それでは、先生のお話はここまでにして、次のお楽しみに移りましょう。

(クリスマスのお話、ここまで)
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

毎年、「こどもたちにどんな話をしようかな」と話す内容をいろいろ考えます。

でも、今年は、すぐに決まりました。「明るくしてくれて、ありがとう!」

私たち大人は、こどもたちの笑顔にどれだけ救われたかわかりません。

だから、「ありがとう」の気持ちを、こどもたちにそのまま素直に伝えようと思いました。

こどもたちから、「どういたしまして」って言われたときは、思わず笑っちゃいましたけどね。

こどもたちのために、これからも精一杯尽くしていこうと思います。





「クリスマス主日礼拝」をしました。

2020年12月20日(日)午前10:30~11:30、クリスマス主日礼拝を行いました。

クリスマスの賛美歌を歌い、聖書から救い主イエス・キリストの誕生の物語をお話しし、神に感謝の祈りをささげました。

s-snowflake-1823942_1280.jpg聖書の話のタイトルは、
「わたしたちが生きるようになるためです」
ヨハネの手紙 一 4章7~12節からお話をしました。


今年のクリスマスは、新型コロナ禍のクリスマスとなりました。

クリスマスというと、私たちは明るく楽しいイメージを持ちます。

きらびやかな装飾、楽しい音楽、にぎやかな街並み……。

しかし、今年は……。

実は、イエス・キリストが誕生したクリスマスのお話に出てくる人々も、みな、暗闇の中に生きている人たちでした。

ローマ帝国に支配されている当時のユダヤの状況がそうでしたし、先祖をたどるとユダヤ王家につながる血筋でありながら、貧しい木工職人になっていたヨセフがそうでした。

ヨセフは住民登録のために、身重の妻マリアを伴ってベツレヘムまで旅をしなければならず、町に着いても、宿屋には彼らの泊まる場所がありませんでした。

宿としたのは、家畜小屋。そして、何とマリアはそこで産気づき、赤ちゃんを産んだのです。

生まれたばかりの赤ちゃんをどこに寝かそうかと探せば、飼い葉桶しかありません。

布にくるまれて飼い葉桶に寝かされた赤ちゃん、それがイエス・キリストです。

ですから……、
クリスマスというのは、何というか…、暗い物語なんですね。


それは、ある意味、私たち人間の人生の暗さ、悲しさを表していると言えます。


「神はどこにおられるのだろうか……」

私たちは、そう問います。
この現実の中で、神はどこにおられるのだろうか……。

しかし、聖書の中で、神は繰り返し繰り返し人間に語っておられます。

「わたしはあなたとともにいる。」

イエス誕生の出来事が記されているマタイによる福音書には、私たちのために生まれる男の子は、「インマヌエル」と呼ばれる、と書かれています。インマヌエル、それは「神は我々と共におられる」という意味です。

つまり、人生の暗さ、悲しさの中に生きる私たちのことを、神は決してお忘れになってはおらず、むしろ、「そのような私たちと共にいる」ということなんですね。イエス・キリストの誕生は、神が私たちと共におられることのしるしなのです。

そのことを信じるとき、暗闇の中に光が灯り、
神が私たちと共におられるという喜び、「クリスマスの喜び」が生まれます。



ヨハネの手紙 一 4章9節には、こう書かれています。
「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。」
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」ヨハネの手紙 一 4章9節)

神は、私たちが生きることを望んでおられます。

人生の暗さ、悲しさの中にあっても、私たちが生きることを、神は望んでおられます。

そして、そのような私たちを生かすために、神は、御子イエス・キリストを世に遣わし、神の命、永遠の命を、私たちに与えてくださったのです。神が共におられるという慰め、平安、希望が、私たちに生きる力を与えてくれます。

「わたしはあなたと共にいる。」

そう語っておられるお方を、ぜひ、あなたの心にお迎えください。

…というようなお話をしました。


毎週10~15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。

s-christmas-2955774_1920.jpg信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。

お気軽に礼拝にお越しください。

元日には、「新年礼拝」があります!
 日時 2021年1月1日(金) 午前11:00~12:00
 場所 富山キリスト教会
 入場無料です。
信者であるなしにかかわらず、どなたもご参加いただけます。
初詣も、ぜひ教会にお越しください!

お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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「洗礼式」をしました。

2020年12月13日(日)午前9:30~10:00、洗礼式をしました。

洗礼は、イエスをキリスト(救い主)として信じる信仰の告白の儀式であり、教会に加入する儀式です。

「イエス・キリストを信じ、人生を新しく歩み始めるスタート」という意味で、ご本人にとっても、教会にとっても喜びの日です。

画像受洗礼者は、洗礼槽(小さなプール)の中で、全身を水の中に浸されます。

これはイエス・キリストに浸され(結びつけられ)、キリストの体なる教会に浸される(結びつけられる)ことを表しています。
この洗礼の仕方を浸礼(しんれい)といいます。
洗礼には、ほかに頭に水を灌ぐ灌水礼(かんすいれい)や、頭に水滴をかける滴礼(てきれい)があります。

今回洗礼を受けられたのは、おひとり。
賛美歌、聖書の朗読に続き、「洗礼を受けるに至ったいきさつ」を語っていただき、お祈りと誓約の後、洗礼が授けられました。

笑顔と祝福に包まれた洗礼式でした。
おめでとうございます。神の恵みが豊かにありますように。


洗礼式に引き続き、主日礼拝が行われました(主日礼拝は、毎週日曜日に開かれている礼拝です)。

待降節(アドベント)の第3週に入り、燭台の4本のろうそくのうち3本に火が灯りました。

今回の聖書のお話のタイトルは、「つながっていなさい」
新約聖書ヨハネによる福音書15章1~17節から、お話ししました。
(聖書は、「日本聖書協会」のウェブサイト、「聖書本文検索」でお読みになることができます。)

「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。」
 (日本聖書協会「聖書 新共同訳」 ヨハネによる福音書15章1節)

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」
 (日本聖書協会「聖書 新共同訳」 ヨハネによる福音書15章5節)

s-grapes-5551325_1920.jpgイエス・キリストと私たち信者の関係を、「ぶどうの木とその枝」に例えた、大変有名な個所です。

農夫は、ぶどうが豊かに実を結ぶように、愛を注いで育てます。
ぶどうの木は、養分をその枝に供給します。
そうして、枝は豊かに実を結ぶようになります。

同じように、
神は私たちが豊かに実を結ぶように願っておられ、愛を注いで守り育ててくださっています。
神の愛、神の命は、イエス・キリストを通して、私たちに供給されます。
そうして、私たちは豊かに実を結ぶようになっていきます。

養分は、木(幹)から枝に供給されるのであって、
枝自身には、実を結ばせる力がありません。

だから、枝にとって大切なことは、ただ一つ、
 「つながっていなさい」 ということなんですね。

礼拝では、「私たち人間にとって、『豊かに実を結ぶ』って、どういうこと?」も含めて、お話ししました。

次週12月20日(日)の主日礼拝は、「クリスマス主日礼拝」です。


今年のクリスマスは、教会で過ごしてみませんか?

画像信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
クリスマスの集会については、こちらをご覧ください。

 ◇「2020 クリスマスのご案内」


お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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「2020 クリスマス・ブックレット」 UPしました。

今年も、残すところあと一か月。

今年2020年は、世界にとって、そして私たち一人ひとりにとって、本当に大変な一年になってしまいました。

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」

その感染拡大を防ぐために、社会全体で多くの活動が制限されました。

教会も同じです。いつもみなさんが楽しみにしてくださっている春と秋のコンサートも、そしてクリスマスのキャンドルサービスもできなくなってしまいました。

そこで、その代わりといっては何ですが、「2020 クリスマス・ブックレット」を作成し、みなさんにお届けすることにいたしました。

20-4 クリスマス・ブックレット表紙.jpg
当教会牧師によるクリスマス・メッセージ「心を照らす光」と、
こどもクリスマス「サンタさんのこと、すきですか?」を収めた、
A5版、12ページの小冊子。

wordで作った手作り小冊子ですが、ブログをご覧いただいているみなさんにもご覧いただけるようにPDFファイルでアップします。お読みいただければ幸いです。

こちらをクリック⇒ 2020 クリスマス・ブックレット.pdf


今年は、「キャンドルサービス」はいたしませんが、毎週の主日礼拝は基本的な感染防止対策を施したうえで行っています。

12月20日(日)の主日礼拝は、「クリスマス主日礼拝」です。

詳しくはこちら⇒ 「2020 クリスマスのご案内」

待降節(アドベント)

2020年11月29日(日)、今日から待降節(アドベント)。
クリスマスシーズンの始まりです。

主日礼拝では、燭台の4本のろうそくの1本目に火が灯りました。

s-snowflake-1823942_1280.jpgこれからクリスマスまで、毎週日曜日ごとに、火を灯すろうそくの数が増えていきます。

※写真は、クリスマス・イメージです。

今年は、新型コロナ禍のクリスマス。
だからこそ、私たちの心を照らす命の光(イエス・キリスト)を心に覚えて、このクリスマスシーズンを過ごしたいものです。

アドベントの主日礼拝では、クリスマスの賛美歌が歌われ、聖書からイエス・キリストの誕生にちなんだ箇所が朗読されます。

今日の礼拝では、「平和をもたらす神」というタイトルで聖書のお話をしました。

主イエス・キリストは、私たちに「神との平和」をもたらすために来られました。

神との平和……

それは、
安心して神と向き合うことができる “神とわたしの関係性”
を指しています。

イエス時代の人々は、神との関係を正しく築くためには、律法を正しく守り行うことによって、神に認められないといけないと思っていました。平たく言うと、善い人間にならなければいけないと思っていたんですね。

ところが、この考え方には落とし穴があるのです。

①律法を正しく守り行っている“自分”を誇るようになる。
彼らは、自分で自分のことを義と認めています。
本来、それは神が判断なさることなのですが…。
彼らにとって、神は彼ら自身が認める義の追認機関でしかありません。
結局、彼らは自分自身を神の立場に置いているのです。

②律法を守れない人々を見下すようになる。
人生には、人それぞれ事情というか、どうにもならない問題があるものです。そうしたものを抱えて生きているのが、私たち人間です。
しかし、自分の正しさを基準に生きる人は、弱さや愚かさ、自分ではどうすることもできない境遇などを抱えて生きている人々を見下すようになります。
彼らには、他者に対する理解と共感がありません。

③律法を守れない人々は、悪い意味で、神を恐れるようになる。
律法を守れないことで、彼らは神に裁かれると思い、悪い意味で、神を恐れるようになります。
「神を恐れる」と言うときに、「畏れる」、つまり畏怖する、畏敬するという意味なら、それは良い意味ですが、
「怖がる」「恐ろしいと思う」という意味なら、それこそ怖くて逃げだしたくなってしまうんじゃないでしょうか。
そんな神様、怖くて近寄れないですよね。

神が私たち人間に求めておられることはただ一つ、
 それは、神との交わりを持つことです。

「神は愛です。」
 そうです。聖書にはそう書いてあります。

「神は愛です。」
 そうです。だから、神は私たちとの交わりを求めるのです。

愛し愛されるという愛は、「他者との関係性」があって、はじめて成立します。

神は私たちを愛しておられますし、また私たちからも愛されたいと願っておられるのです。

しかし、神は目に見えない存在です。

そこで神は、目に見える姿で御子イエス・キリストを世に遣わし、神がどれほど私たちを愛しているか、また神がどれほど私たちの愛(「まごころ」と言ってもいいでしょう)を求めておられるかを知らせようとなさったのです。

クリスマスは、その物語の始まりなんですね。


主イエス・キリストは、私たちに「神との平和」をもたらすために来られました。

神との平和……それは、安心して神と向き合うことができる “神とわたしの関係性” を指しています。

「そのような神との交わり(安心できる関係性)を、私も持ちたい」とお思いの方は、このクリスマス、ぜひお近くの教会をお訪ねください。


今年のクリスマスは、教会で過ごしてみませんか?

画像信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
クリスマスの集会については、こちらをご覧ください。

 ◇「2020 クリスマスのご案内」


お問い合わせは
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2020 クリスマスのご案内

2020年の富山キリスト教会クリスマス・イベントをお知らせします。

 ※画像をクリックして、拡大してご覧ください。

20-3 クリスマス・チラシJPEG.jpg

 こころなごむ賛美歌
   神への祈り
     聖書からのクリスマス・メッセージ
       今年のクリスマスは、ぜひ教会へ!

「クリスマス主日礼拝」
  12月20日(日)午前10:30~11:30
   入場無料

会場は、富山キリスト教会です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
今年のクリスマスはぜひ教会へ!

新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。

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富山キリスト教会
 1.教会案内
 2.礼拝案内・集会案内
 3.教会地図
 4.牧師紹介
 5.はじめての方へ~よくあるご質問~
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お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

 または、当ブログのPC版表示「左サイドバー」の
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教会にいらしてみませんか?

私たちの教会は、富山市内にあるプロテスタントの教会です。

s-55213_s.jpg「教会に行ってみたい」
「キリスト教や聖書の話を聞いてみたい」
「礼拝をのぞいてみたい」
  という方々を歓迎いたします。

あなたも教会にいらしてみませんか?
どなたもお気軽にお越しください。


ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


「よくある質問」 は、こちらでお答えしています。

   → 「はじめての方へ~よくあるご質問~」


富山キリスト教会は・・・

◇プロテスタントの教会です。

◇礼拝は、毎週日曜日 午前10:30~12:00 に行われています。

◇礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、
 聖書の話を聞き、祈りをささげます。

◇聖書は、貸出用がございます。

◇礼拝での献金は、信者が神にささげるものですので、
 信者でない方はなさる必要はありません。ご安心ください。

◇礼拝には、毎週10~15人ほどが集っています。

◇礼拝の雰囲気は、堅苦しくありません。
 教会の雰囲気は、おだやかな雰囲気です。

◇礼拝後は、すぐにお帰りになられてもかまいませんし、
 お茶を飲みながら牧師や信者と気軽に話をすることもできます。
 (現在は、感染拡大防止のため、教会内での飲食は控えています。)

◇牧師は、平日は認定こども園で用務員として働いています。
 保育教諭、放課後児童支援員。社会福祉士。
◇牧師夫人も、認定こども園で保育教諭として働いています。
 乳児保育の経験が豊富です。

◇教会では、「聖書を読む会」、「キリスト教入門講座」などもしていますので、興味関心のある方はお気軽にお尋ねください。


富山キリスト教会  牧師 佐野兼司

〒939-8062 富山市上堀南町66-2
Tel&Fax 076-491-4622

お問い合わせは
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「オータムコンサート」…今年は開催いたしません。

秋の気配が感じられる季節となりました。

みなさん、いかがお過ごしですか?


画像 毎年恒例のオータムコンサートですが、

 新型コロナのこともあり、



 今年は、開催しないことといたしました。


楽しみにしてくださっていた方々には、大変申し訳ございません。

来年、春のスプリングコンサートでお会いできることを願っております。




「キリスト教入門講座」をしています。

教会では、「キリスト教入門講座」をしています。

「キリスト教や聖書について知りたい」 「聖書を読んでみたいけど、一人では難しそうで…」 という方々のためのクラスです。

画像お茶を飲みながら、質問も自由、話が盛り上がって脱線することもしばしばの、まじめですが堅苦しくないクラスです。

クラスは、個人制。1回60分ほど。決まった曜日、日時はありません。受講を希望なさる方と相談して決めています。牧師と牧師夫人が担当します。受講料は無料です。

入門講座には、受講を希望なさる方の興味・関心に合わせたいくつかのコースをご用意しています。
Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳは、その順番に従う必要はありません。



「Ⅰ 私は何のために生きているのか ~人生の目的を探る旅~」(全7回)
 キリスト教の人生観を学びます。生きることの意味を考えるクラスです。生きることについて、マジメに考えてみます。



「Ⅱ あなたはどこにいるのか ~創世記から学ぶ 神・人間・世界~」(全8回)
 神について、人間について、そして私たちを取り巻く世界について学びます。古い書物であるにもかかわらず、現代に生きる私たちにも多くのことを考えさせてくれる聖書。このクラスではそうした聖書の魅力を感じることができるでしょう。



「Ⅲ あなたはイエスを何者だと言うか ~マルコによる福音書全16章の学び~」(全16回)
 新約聖書のマルコによる福音書を通して、イエス・キリストに迫ります。彼は何を語り、何をしたのか。一体彼は何者なのか。新約聖書の無料プレゼント版を差し上げます。



「Ⅳ 私たちが信じていること ~基本的な教理の学び~」(全8回)
 キリスト教の基本的な教理を紹介するクラスです。キリスト教徒は何を信じているのか?を知りたい方や、洗礼を考えていらっしゃる方々におすすめのクラスです。



いずれも無料。どなたも歓迎です。


お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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バイブルクラスのご案内

当教会では、一般の方々を対象にバイブルクラス(無料)を行っています。

「聖書を読んでみたいけど、一人ではなかなか難しそうで…」という方々のために、「一緒に歩く人」になれたらと思っています。

画像日時は未定。
受講ご希望の方と相談して、クラスの日時を決めています。
多くは、月に1回のペースで、1回60分ほど。

受講料は、無料です。


牧師と牧師夫人が担当し、聖書とプリントを用いながら、「マルコによる福音書」を学びます。


高校生からシニアの方々まで、

聖書を読んでみたい方、キリスト教に興味をお持ちの方、教会に行ってみたいとお考えの方

のご参加を歓迎いたします。

聖書やキリスト教に関する質問も、大歓迎です。


受講ご希望の方は、教会までお電話くださるか、
毎週日曜日午前10時30分からの主日礼拝にいらしていただいて、
受講ご希望の旨、お伝えください。


あなたも聖書を読んでみませんか?


富山キリスト教会  牧師 佐野兼司

〒939-8062 富山市上堀南町66-2
Tel&Fax 076-491-4622

お問い合わせは
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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7月5日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 7月5日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章11-32節

  説教 「一緒に喜んでください
          ~放蕩息子のたとえ~」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。現在、15章を読み進めています。15章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つ出て来ます。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われたものを見つけるまで捜し続ける神の姿」「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話ししています。

今回は、イエスのたとえ話の中でも有名な、あの「放蕩息子のたとえ」です。

15章の3つのたとえ話には、共通の枠組み、共通のテーマがあり、そして、共通の目的があります。

共通の目的、それは「一緒に喜んでください」です。

礼拝説教では、これら一連のたとえ話が語られることになった「場」を踏まえたうえで、イエスが何を語ろうとしたのかを、お伝えしたいと思います。


聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。

6月28日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 6月28日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章1-10節

  説教 「羊や 銀貨は 悔い改めない」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。現在、15章まで進みました。15章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つ出て来ます。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われたものを見つけるまで捜し続ける神の姿」「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話ししています。

今回は、「悔い改める」という言葉の意味を掘り下げていきます。

悔い改めは、反省、後悔とはちがいます。
また、教会の説教では、「心や生き方の向きを変えること」と語られます。

しかし、今回の15章のたとえの中に出て来る、羊や銀貨は、そういう意味での悔い改めができません。

そこで、この「悔い改める」という言葉を、もう少し深く掘り下げて考えてみたいのです。

そうすることで、「この一連のたとえが訴えていること」と、「神が、イエスが、どのようなお方であるのか」をより深く知ることができるようになるでしょう。

聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。

6月21日(日)の主日礼拝予告

主日礼拝では、連続説教 「ルカによる福音書」 を続けています。

来週の主日礼拝は、

 6月21日(日) 午前10:30-11:30

  聖書 ルカによる福音書 15章1-7節

  説教 「見失った羊を見つけた大きな喜び」




画像ルカによる福音書の連続説教を続けて約2年。今回から15章に入ります。この章には、イエスの大変有名なたとえ話が3つまとめられています。

(1)「見失った羊」のたとえ
(2)「無くした銀貨」のたとえ
(3)「放蕩息子」のたとえ

この3つのたとえ話は、共通のテーマを持っています。
それは、「失われていたものを見つけ出した大きな喜び」です。

イエスは、「たとえ話の名手」と言われます。
礼拝では、今後3回にわたって、15章の3つのたとえを一つずつ取り上げ、その意味をお話しします。
そして、「神とは、イエスとは、どのようなお方であるのか」をお話ししていきたいと思います。

聖書は、日本聖書協会 『聖書 新共同訳』 を使用しています。
お持ちでない方には、貸出用聖書がございます。
ご希望の方には、新約聖書(無料プレゼント版)を差し上げます。



主日礼拝では、賛美歌を歌い、「使徒信条」と「主の祈り」を唱え、説教(聖書の話)に耳を傾け、祈りをささげます。

主日礼拝には、信者はもちろん、信者でない方も(他宗教の方も)、ご参加いただくことができます。

ただいま、新型コロナ対応として、礼拝時間を短縮し、消毒や換気を行い、賛美歌などは口ずさむ程度の声量にしています。

ご来会なさる皆様には、マスクの着用、手洗い、アルコール消毒、身体的距離の確保など、ご協力をお願いいたします。


教会の礼拝は、いつでもどなたも歓迎いたします。

画像毎週10~15人が集まる、肩ひじ張らない素朴な教会です。

遠慮なく、お気軽にお越しください。