「クリスマス主日礼拝」をしました。

2017年12月24日(日)午前10:30~12:00、クリスマス主日礼拝を行いました。

クリスマスの賛美歌を歌い、聖書から救い主イエス・キリストの誕生の意味をお話ししました。

画像聖書の話のタイトルは、
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」

12月に入ると、街中がクリスマス一色になります。
こどもから大人まで、多くの人がクリスマス会やクリスマス・パーティーを楽しみ、クリスマスの雰囲気を楽しんでいます。

「ところで、クリスマスが何の日か、ご存じですか?」

そう問いかけたら、多くの人が、「ええ、知っていますよ。イエス・キリストの誕生を祝う日でしょう」と、お答えになるでしょう。
そうです。クリスマスは、イエス・キリストの誕生をお祝いする日です。

でも、イエス・キリストの誕生を祝っている人は、ほとんど、いません。ほとんどの方は、イエス・キリストと関係なく、クリスマスを楽しんでいます。でもそれは、誕生会の主役を抜きにして、誕生パーティーをしているようなものと言えるのではないでしょうか。
なんだか、不思議な話だとはお思いになりませんか?

クリスマスを楽しむ人は多いのですが、クリスマスを祝う人は少ないのです。

それを、「けしからん」なんて言うつもりは、まったくありません。
私だって、そうだったのですから。
私もクリスマスの意味を知らずに、イエス・キリストと関係なく、クリスマスの雰囲気を楽しんでいた一人です。

でも、教会に行くようになって、イエス・キリストを信じるようになると、こんなふうに思うようになりました。
「クリスマスの意味を知らずにクリスマスを過ごすのは、もったいないなあ。その意味がわかったら、それこそクリスマスを喜び祝えるのに…」。

そこで、今日は、そうしたクリスマスの意味、イエス・キリストがお生まれになられたことの意味について、お話しさせていただきたいと思います。

お開きいただく聖書の箇所は、ヨハネによる福音書3章16節です。
 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
 独り子を信じる者が一人も滅びないで、
 永遠の命を得るためである。
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヨハネによる福音書3章16節)
 
今日はこの箇所から、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」というタイトルでお話ししたいと思います。

三つのことをお話しします。


1. イエス・キリストは、神様からの贈り物

まず初めに、「クリスマスに生まれたイエス・キリストは、神様から私たちへの贈り物である」ということをお話ししたいと思います。

先ほどお読みした箇所には、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」と、書かれていました。
「独り子」とは、神の御子イエス・キリストのことです。そして、「世を愛された」の「世」とは、この世界に住む私たちのことです。

神は、私たちを愛するがゆえに、その独り子イエス・キリストを、私たちにお与えくださった、ということなんですね。クリスマスに生まれたイエス・キリストは、神様からの贈り物なのです。

贈り物というのは、だれに、何を贈るか、ということが大事です。
プレゼントを贈る相手は、きっとその人にとって、とっても大切な人なのではないかと思うんです。そして、その贈り物には、「相手を大切に思う気持ちが伝わるもの」を選ぶのではないでしょうか。

実は、これは神様にとっても同じです。

神は、ご自分の愛を伝えたいと思われました。

だれに? 私たちにです。

何をもって? 独り子イエス・キリストをお与えになることによってです。

みなさん、神様は私たち一人ひとりのことを愛し、大切に思っておられます。

特に、苦しみや悲しみの中にある人たちのことを心に留めて、大切に思っておられます。
愛するとは、その人の苦しみや悲しみを共に背負うことです。

「わたしは、あなたと共にいる。」

神様は、そのことを私たちに伝えようとして、ご自分の大切な独り子イエス・キリストを、私たちの住むこの世界にお遣わしになりました。それが、「クリスマスの出来事」なんですね。


2. 神は、私たちが滅びることを望んではおられない。

第二番目に、「神様は、私たちが滅びることを望まず、永遠の命を得ることを望んでおられる」ということをお話ししたいと思います。

先ほどの聖書箇所には、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」の次に、このように書いてありました。

「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

みなさん、私たち一人ひとりが滅びることは、神の御心ではありません。
神の御心は、私たち一人ひとりが、永遠の命を得ることです。

でも、「滅びる」って、どういうことでしょう。
「永遠の命」って、何なのでしょう。

新約聖書はギリシア語で書かれましたが、ギリシア語では、「命」には、二つの言葉があります。
一つは「ビオス」、もう一つは「ゾーエー」。

ビオスが、「心臓の鼓動としての命」だとすると、ゾーエーは、「人を人として生かす命」のことを表しています。

私たち人間には、心臓の命(ビオス)は動いていても、心はその命(ゾーエー)を失って、生きているのに死んでいるような状態になることがあります。

いろいろなことで、悩んだり、苦しんだり、悲しんだりする中で、だんだんと疲れ、弱ってしまう。だんだん空しくなってしまう。何のためにこれをしているのか、何のためにがんばっているのか、何のために生きているのか…。

そういうことを考えながら、ただ毎日を同じように繰り返す。それが、心臓は動いて生きていても、心はその命を失っている状態というんですね。これが聖書のいう、「滅び」です。

しかし、神は、私たちが滅びることを望んではおられない。むしろ、そんな私たちに命(ゾーエー)を与えたいと願っておられる。

「永遠の命」の「命」には、ゾーエーが使われています。

「永遠の命」とは、神との交わりによって与えられるゾーエーのことであって、別の言い方をすると、「神の命」とか、「霊的な命」という言い方ができるでしょう。

「滅びる」とは、その反対に、神との交わりを失って、霊的な命を失っている状態のことをいいます。

神は、私たちが神との交わりを持つことによって、決して失われることのない霊的な命を持つことを望んでおられるのです。


(ここで、私自身の体験をお話しさせていただいたのですが、長くなるので、このブログ記事では省略します。)


人間、生きていれば、いろいろあります。だれもが、何かしらの悩みや苦しみを抱えながら生きています。私が経験したような空しさだったり、自分のこと、家族のこと、周囲の人との人間関係、健康の問題、経済的な問題…。

そうしたいろいろな問題の中で、悩み疲れて、自分自身がわからなくなり、何のために生きているのかがわからなくなってしまう…。それが、滅びです。

神様は、そういう私たちのことをよくご存じです。だからこそ、私たちが滅びてしまわないように、永遠の命を得ることができるように、その独り子イエス・キリストを遣わしてくださったのです。

私は、空しさから救われたとき、「イエス・キリストがこの世に来られたのは、こんな私のためでもあったんだなあ」と、思えるようになりました。

神は、あなたが生きることを望んでおられます。
そして、神は、あなたを活かしたいと望んでおられるのです。


3. 独り子を信じる者は、永遠の命を得る。

さて、三番目に、「独り子を信じる者は、永遠の命を得る」ということをお話しして、終わりたいと思います。

神様は、私たちを愛するがゆえに、その独り子イエス・キリストをこの世界にお与えになりました。イエス・キリストは、私たちへの、神様からの贈り物です。

ですから、ぜひ、この神様からの贈り物、神の独り子イエス・キリストを信じて、受け取っていただきたいと思うのです。

神様からの贈り物である、イエス・キリストを受け入れるか、否か。
それは、みなさんお一人ひとりが自由に決めることができます。

しかし、それは、「信じてもいいし、信じなくてもいい」というものでもないような気がします。
少なくとも、神はそのように思ってはおられないと思うのです。

神は、私たちに、「信じてほしい」と願っておられます。
なぜなら、神は、私たちが滅びることを望まず、私たちに永遠の命を与えたいと願っておられるからです。
「独り子を信じる者は、永遠の命を得る」のです。


クリスマスは、私たちのために、神がその独り子イエス・キリストをお与えくださった日です。

しかし、イエス・キリストの誕生を祝っている人は、ほとんど、いません。ほとんどの人は、イエス・キリストとは関係なく、クリスマスを楽しんでいます。
なんだか不思議な話だとは思いませんか?

クリスマスを楽しむ人は多いのですが、クリスマスを祝う人は少ない。

神様は、私たちがクリスマスをただ楽しむのではなくて、「クリスマスを祝う人」、イエス・キリストが私たちのために、私のために生まれたことを、喜び祝う人になってほしいと願っておられます。

いかがでしょう。今日、「私もイエス・キリストを信じて、私自身の喜びの日として、クリスマスを祝う者になりたい」、そうおっしゃる方はいらっしゃらないでしょうか。


というお話をしました。


画像毎週10~15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。

信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。お気軽に礼拝にお越しください。


元日には、「新年礼拝」があります!
 日時 2018年1月1日(月) 午前11:00~12:00
 場所 富山キリスト教会
 入場無料です。
信者であるなしにかかわらず、どなたもご参加いただけます。
初詣も、ぜひ教会にお越しください!

お問い合わせは…
 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。

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