あけましておめでとうございます。「新年礼拝」、「新成人祝福」をしました。

あけましておめでとうございます!

画像みなさまの上に、今年も神の恵みが豊かにありますようにお祈りいたします。

今年もよろしくお願いいたします。

教会では、2018年元日、午前11:00~12:00、新年礼拝(オープン礼拝)を行いました。

画像新年にふさわしい賛美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、この1年が神に守られ、祝福されるように、心を合わせて祈ります。

画像今年は、教会メンバーの中に新成人となられる方がおられ、帰省中のご本人の都合に合わせて、この新年礼拝の中で、「新成人の祝福」(教会の成人式)をしました。

「新成人の祝福」は、聖書朗読、式辞、祝福の祈りから成ります。

「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず
 常に主を覚えてあなたの道を歩け。
 そうすれば
 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」
(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 箴言3章5~6節)

大人の仲間入りをするのですから、分別を身に着けてもらわなければなりません。しかしまた、私たち人間は完全完璧ではありませんから、その分別を絶対とすることにも慎重であるべきです。

そこで、主の前にへりくだり、主なる神を信頼し、いつも主を覚えて、これからの人生を歩んでいただきたいのです。

他のだれのでもない、あなたの道を歩んでください。つまずいたり、道に迷うこともあるでしょう。しかし、どんなときにも主があなたと共にいてくださり、あなたの道筋をまっすぐにしてくださいます。

というようなお話をし、新成人者のために祝福の祈りをいたしました。
御成人おめでとうございます!


画像聖書のお話では、詩編121篇から、「主が見守ってくださる」というお話をしました。

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
 わたしの助けはどこから来るのか。
 わたしの助けは来る
   天地を造られた主のもとから。」
 (日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編121篇1~2節)


詩編121篇は、「都に上る歌」、つまり、巡礼の歌です。

私たち人間は、日々喜んだり、悲しんだりしながら生きています。悩みや苦しみを抱えながら生きています。それが人生です。

でも、私たちはときどき、そういう日常を離れて、自分自身と向き合いたいと思うことがあります。神と向き合い、自分自身を見つめ直したい。

当時は、年に三度の祭りの際に、都エルサレムにある神殿に詣でることになっていました。エルサレムへの巡礼は、彼らにとっても、神と向き合い、自分自身を見つめ直す機会となっていたにちがいありません。

私たちにとっては、例えばイスラエルやエルサレムへの聖地巡礼もそうかもしれませんが、主のもとに行くという意味では、毎週日曜日の礼拝が日常を離れた小さな巡礼のようなものですし、人生そのものが神の御国をめざしての巡礼のようなものです。

それぞれの願いや悩み苦しみを抱えながら、人々は巡礼に出発します。

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。」

「わたしの助けは来る。天地を造られた主のもとから。」

彼は、そして私たちは、「わたしの助けは、天地を造られた主から来る」ということを信じて、この巡礼の旅を歩み始める、歩み続けるのです。

続く3~8節には、巡礼者のための祈りが続きます。

その祈りの中で、何回も繰り返されるのは、「主が見守ってくださる」という言葉です。

私たちの主は、私たちの歩みを、人生を、見守ってくださるお方です。そして、このお方に助けられながら、私たちは人生の旅を歩んで行くのです。

今日から新しい一年が始まります。新しい巡礼の旅が始まります。

目を上げて、山々を仰ぎましょう。
わたしたちの助けは、天地を造られた主のもとから来るのです。

というお話をしました。


毎週10~15人が集まる、肩肘張らない素朴な教会です。
信者であるなしにかかわらず、どなたも歓迎いたします。
小さなお子様連れも、ご高齢の方も、大歓迎です。

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 富山キリスト教会  電話&FAX 076-491-4622 まで。